ワールドカップの真っただ中です。

テレビや新聞などでは、元サッカー選手はじめ、評論家やアナウンサー、

芸能人までも、代表を持ち上げたり、不満を言ったり、こき下ろしたり、

悔しがったり・・、と。

 

好きなことを言って楽しんだり、連帯したりできるのが

世界のお祭りであるワールドカップなのかもしれません。

 

私も素人ですが、サッカーの一つの試合ではワンチャンスで何が起こるかわからない。

ただ、強いチームは普通は勝ちますし、年間のリーグ戦では実力が出ます。

1試合ではいろんなことが起きますが、それが予選リーグで3試合すると

だいたい実力が見えてくるので、決勝リーグに進めるのは

強いチームと言えるのではないでしょうか。

ただ、決勝リーグに行けるか、行けないかは紙一重、かもしれない。

 

なんてことはともかく、浦和レッズのノスタルジーにひたります。

 

関西編、駒場編に続き、埼スタ編。

 

埼玉スタジアム2002は、名前の通り2002年にできた

ワールドカップのために作られたスタジアムです。

埼スタへは南浦和から東川口まで行って、そこから埼玉高速鉄道で

浦和美園駅に行くか、浦和駅からバスで直行か。

半々だったか、バスが多かったかもしれない。

 

最初に行ったのは、2001年の埼スタこけら落としの横浜Fマリノス戦。

負けてしまったが。

 

2002年はワールドカップのために、リーグ戦を埼スタでしなかったのか?、

浦和の試合に行けなかったのか、写真がありません。

 

そして翌2003年。

赤いカッパを着て、雨の日も行きました。

 

福田の引退試合も。

PAJEROの9番。

 

埼スタの上につられた福田のスパイク。

 

最後に挨拶。横にはぺトロヴィッチ。

 

そして2004年。

GO TO ASIA

 

いまは懐かしき面々。

闘莉王、三都主に加え、長谷部も若かった。

 

VODAFONEの時代もありました。

 

そして2006年、浦和が優勝した最終節、12月2日のG大阪戦。

いつものことながら、リキが入った演出です。

 

最後の優勝セレモニー。

 

埼スタに最後に行ったのは、10年以上前の2009年でした。

 

そしてサポーターズクラブに入っていた最後の年の

2017年に届いたフラグです。

 

浦和レッズとは関係ない皆さま、失礼しました。

長々と、想い出を書いてしまいました。

お読みいただき有難うございました。

  まだあるのですが・・。