大学時代の親友S君は、若い時分から奧さんが熱心なJW信者であり、私と似たような家庭環境で、40代、50代の20年間は3日に1回は会って、お互いの境遇を慰め合ってきた。

 ただし、10年前の還暦を過ぎた頃から、お互い家族に向き合う姿勢が異なるようになり、徐々に疎遠になってしまった。私は、30歳の時の「大ちゃん事件」以来、一貫して反JWであるが、親友S君は、若い頃からアルコール依存症に苦しみ、ご家族に多大な迷惑をかけたとの贖罪感から、次第にJWシンパとなった。二人の娘さんも熱心なJW信者で、同じ宗教2世同士で結婚されている。S君は心ならずもJWシンパになるしか、家族の中で身の置き場がなかったのだろう。

 

 先日、久しぶりにS君から、「奧さんに血液がんの兆候が出て、JWの医療審理委員会の人が受け入れ病院を探したが、市内・近郊の病院は全てJW患者の受入は駄目だった」との連絡がった。

 正確に言えば、現在の大方の病院は、「相対的無輸血治療」は受け入れるが、JWが求める「絶対的輸血治療」は拒否すると言うことである。「相対的無輸血治療」と言うのは、輸血治療は極力行わないよう努力するが、命に係わる状況になれば医師の判断で輸血を行うという治療である。医師は、患者の命を救うことを最優先の使命としており、助かる命をみすみす指をくわえて見守ることは到底できない。

 

 JW信者は、若く健康な時は恐らく「輸血拒否」は観念的な教義で実感はなかったと思うが、いざ現実に信者自身の身に降りかかってきた時、どう反応するだろうか。

 因みに我が家は、4人の子ども達はいわゆる宗教2世ながら、全員高校入学する時に集会に参加せず、以来JWとは縁がない。以前、子ども達に妻が入院するような時はどうするかと相談したことがあったが、輸血拒否で死のうが自分たちは一切係わりたくないので、全てJWに任せればよいと冷たい返事だった。

 

 現在、JWは昨年から厚労省の児童虐待防止ガイドラインの遵守を求められ、信者に周知するよう指導を受けている。このガイドラインでは、14歳以下の子どもの輸血禁止の強要は児童虐待である。児童は輸血OKとなれば、輸血拒否教義そのものが成り立たない。

 聖書には「動物の血を食べてはいけない」とはあるが、そもそも2千年以上前の書物に輸血拒否などという律法は一切ない。JWが戦後、勝手に自分達の教義としただけで、血液の4つの全角は良い分画は不可とか、今回の14歳以下は輸血OKなど、科学的合理的思考の病院、医師に通用するはずがない。

 

 来月、S君と再会する予定である。私は、彼に奧さんのことは家族の問題であり、JWの医療審理委員会や会衆の人達が表に出てくるのは良くないと思う。S君自身が病院に出向き、この病気にはどんな治療方法があるのか、病院として最善の治療とは何か、自ら納得できるまで病院、医師と話し合い、奧さんに自分の考えを伝えたらどうかと話すつもりである。それでも、奧さんがJWの教義と心中するなら、それはそれで仕方ないことである。