俯いていたアンソニーは顔を上げ、キャンディを真正面から見つめた。
何かを覚悟したような青い瞳に、沈みゆく太陽の光が反射してキラキラ輝く。

「君が大好きだ。これからも一番近くにいて一緒に大人になりたい」

アンソニーのストレートな告白にキャンディは頬を染め、「私もよ。ずっとあなたのそばにいたいわ」と恥ずかしそうに呟いた。

「本当に?」
「本当よ」
「じゃあ、僕からのクリスマスプレゼントを受け取ってくれる?」
「勿論!」

答えを聞くとアンソニーは嬉しそうに微笑んで、ポケットの中から緑の小箱を取り出した。

「開けてごらん」
「いいの?」

アンソニーは優しくうなずいた。

「うわ~キレイ!」

入ってたのはエメラルドのブローチ。
輝くゴールドに縁取られた上品な逸品だ。
これを身に着ける者すべてを華麗に演出するのは間違いないだろう。
たとえそれがキャンディのように、まだあどけない少女であったとしても。

「こんな高価なものを私に?」

戸惑うキャンディを安心させようと、アンソニーは自信たっぷりの顔で切り出した。

「君だからこそ贈りたいのさ。これ、父から母へのプレゼントなんだ。結婚が決まったときに渡したらしい。母はそれからずっと肌身離さず着けていたよ。亡くなるその日までね」

「お母さまの形見なのね。そんな大切なものを私になんて・・・本当にいいの?」
「だから君じゃなきゃダメなんだ。これを渡す相手は僕が生涯大切にする人だって心に決めてたけど、まさかこんなに早く会えるとは思ってなかったよ」
「大人になってから、もっと大切な人が現れるかもしれないわよ」

キャンディが冗談交じりに言ってもアンソニーは応じない。

「君より大切な人なんているわけない。僕には分かる」

真剣な眼差しに見つめられた途端、まるで呪文にかかったようにキャンディは身動きが取れなくなった。
それほどにまで青い瞳は自信に溢れ、未来予想図を少しも疑っていないようだった。

「そんなふうに言ってくれるなんて・・・本当に嬉しいわ。あなたに相応しいレディになれるように、私、頑張るから。そしてこのブローチ、お母様だと思って大切にする。ディナーのとき早速ドレスに着けていくわね」

胸元でブローチをしっかり握りしめるキャンディに、「楽しみにしてるよ。きっと似合うだろうな」とアンソニー。

そのときオレンジ色の光が頬を眩しく滑り降りた。日没だ。
二人はしばらくの間、明るく染め上げられた互いの顔を見つめ合っていたが、太陽が西の山肌に消えて辺りが暗くなった瞬間、そっと寄り添い唇を重ねた。

――二度目のキス――

そばには誰もいない。
見ているのは、アンソニーが魂を注いで作り上げた沢山のスイートキャンディだけだ。

「メリークリスマス、キャンディ。これからも君の上に幸せがいっぱい降り注ぎますように」

静かに唇を離すとアンソニーはそう言って微笑んだ。

「私からもメリークリスマス。あなたが一緒にいてくれることが私の幸せよ。他には何もいらないわ」

キャンディは恥ずかしそうに微笑み返す。

「さあ屋敷に戻ろうか。お互い正装しなくちゃね。今日は特別な夜だから」
「そうだわ、サイレント・イヴですものね。今夜のパーティー、大おじ様もいらっしゃるかしら」
「どうかなあ。すごく忙しい人だって聞いてるから。たとえ会えなくてもがっかりしないで。いつか必ず会える日が来るよ」
「ええ。どんな人なのか想像するだけで今は十分だわ。いつか会いしたら、今までのお礼を沢山言いたいの。養女にしてくださってありがとうございます。そしてアンソニーに会わせてくださってありがとうございます。おかげで私はこんなに幸せになれましたって」

アンソニーは少し照れながら鼻の頭を掻いた。

「それはいい。きっと喜ぶよ、大おじ様」

しばらく見つめ合ったあと、幼い恋人たちは肩を並べてバラの小径をゆっくり歩き出す。
その後姿を、目を細めてそっと見送る茶髪で髭面の青年がすぐそばにいたことに二人は気づかずにいた。





屋敷に戻った途端、アンソニーとキャンディはエルロイの部屋に呼びつけられた。
慌てて向かうと、不安げな顔つきのステアとアーチーが既に並んで立っている。
おまけにどういうわけか、エルロイの斜め後ろにはジョルジュまで控えていた。

「なんかイヤ~な予感がしないか?」

アーチーがアンソニーに耳打ちする。

「同感だね」

アンソニーは肩をすぼめながら小声で返した。

「おほん!」

エルロイの咳払いにビクッとして、アーチーもアンソニーも黙り込んだ。

「パーティーの前に大事なお知らせがあります。心して聞くように」

老婦人は目の前に並んでいる四人――ステア、アーチー、アンソニー、キャンディを順番に見まわしながら重々しい口調で切り出す。

「今から言うことはウィリアム大おじ様の命令です。クリスマスが過ぎたらアンソニー、ステア、アーチーはロンドンの寄宿学校に留学してもらいます」
「えーー!?」

寝耳に水の決定に全員が驚きの声を上げた。

「そんな!いくらなんでも急すぎますよ。第一キャンディはどうなるんです?勿論僕らと一緒に行くんですよね」

アンソニーが食いつくとエルロイは冷たい視線を返し、「聞いてなかったのですか。キャンディスの名前など、私は言った覚えはありませんよ」と切り捨てた。

今度はアーチーが食い下がる。

「じゃあキャンディはどうすればいいんですか。一人でレイクウッドに残れってことですか」

ステアも負けてはいない。

「もしそういうことなら、僕らだって絶対行きません!」

「女子に高等教育など必要ないでしょう。特にキャンディスのように頭が悪くてやる気のない子など言わずもがなです。今までどおり家庭教師をつけてもらえるだけありがたいと思いなさい。それさえ必要ないと私は思うのですけどね。この屋敷で勉強を続けられるのは大おじ様のお情けなのですよ」

相変わらずの痛烈な切り返しには、さすがのキャンディもしゅんとしてしまったが、それが逆にアンソニーの闘志に火をつけた。

「そこまでおっしゃるなら、当然イライザも行かないってことですよね?僕の目から見たら彼女だって似たり寄ったりです。勉学に勤しむ才女には到底見えませんが」

アンソニーは眼光鋭くエルロイに挑戦状を叩きつけた。

「何か勘違いをしているようですね。イライザはれっきとした良家の子女ですよ。ええ、生まれたときからのね。しっかり研鑽を積んで、成人した暁にはしかるべき資産家に嫁ぐなり社会貢献するなり、高貴な家に生を享けた子女としてしっかり務めを果たさなくてはなりません。それがノブレスオブリージュというものでしょう。キャンディスのように、昨日や今日、ウィリアムの気まぐれで養女になった娘とはわけが違うのです」

当然のこととしてきっぱり言い切ったエルロイには一点の迷いもなかった。
こんなふうに切り返されるとは予想もしていなかったアンソニーは、さすがに一言も言い返せずにいる。
彼だけではない。ステアもアーチーもだ。
自分たちのような生まれついてのアードレー一族とキャンディの間にある「身分の差」を、初めて思い知らされた気がした。



「嫌な思いをさせちゃったね。大おば様をぎゃふんと言わせたかったのに大して言い返せなくて悔しいよ。ごめん」

部屋から出るなり拳を握りしめて唇をかみしめるアンソニーにキャンディは微笑んで見せた。

「そんなこと気にしないで。それより私、ホントに嬉しかったの。だって普段は優しいアンソニーが真剣な顔で大おば様に抗議してくれたんだもの。ステアもアーチーもよ。それだけで十分だわ」
「キャンディ、君って子は・・・」

逆境にあってもいつも前向きな彼女に、三人は改めて強く激しく心を打たれた。


間もなく三銃士にエスコートされてキャンディはディナーの席へ向かった――






クリスマスが終わるとウィリアム大おじ様の指図どおり、先ずはアンソニー、ステア、アーチー、ニール、イライザがニューヨークの港から海を渡り、ロンドンの聖ポール学院に編入した。
初めは留学するメンバーに入れてもらえなかったキャンディだが、どういうわけか急遽ロンドン行きが言い渡され、彼らの後を追うように船上の人となった。

辺りに霧が立ち込めるその船の甲板で、キャンディはどこか憂いを秘めた美貌の少年と運命の出会いを果たすことになる。
アンソニーと自分の人生に深く関わり、思わぬ波乱を起こす人物――「彼」との不思議な縁は、またいつか別の物語で・・・



(完)