アンソニーVSテリィ Special Version 
~テリィ勝利編~



アルバートファンのお客様へ~いつもお読みいただいて、本当にありがとうございます。
今回はアルバートさんのポジションについて、幾分(?)ムッとされる部分があると思います。本当にごめんなさい。
予め納得してお読みいただくか、パスしていただくか・・・ご判断にお任せします。
この但し書を無視した結果の非難コメントにはレスできませんので、どうかご了承くださいませm(__)m




楽しかったサマースクールも終わり、ロンドンには9月の風が吹き渡る。
と同時に灰色の新学期が始まった。
スコットランドの光があまりに眩しかったせいか、学院はどこもかしこも真っ黒な闇の世界にさえ見える。

ここコーンウェル兄弟の部屋でも、夏の名残がうごめいていた。

「あああ~、嫌だなぁ。もう二度と勉強なんかしたくないよ」
アーチーのぼやきが始まると、なだめ役はいつもステア。
「そう言ったって試験にパスしなけりゃ、卒業も危ういんだぜ」
「じゃ、無事にパスできる新兵器を発明しろよ、兄貴」
「そんなこと急に言われたって・・・待てよ、『ステア式カンニングマシーン』なんてどう?」
「なんか聞いただけで怪しげだなぁ。答えが全部違ってるとか、カンニングがすぐバレてシスターに大目玉とか・・・どうせどっちかに決まってる。な?アンソニー」

名を呼ばれたことにも気づかず、当の本人は窓辺の椅子に座って、ボーッと外を眺めているだけ。

「おい、聞いてるのか」
「え?」

やっと我に返り、ちょっとだけ視線をアーチーへ向けたが、うつろな青い目は、また宙を漂う。

「あいつ、あれ以来ずっとあの調子だけど大丈夫かな?」
心配そうに呟くアーチー。
「よっぽどショックだったんだろう。森でキャンディを見つけられなかったことが。テリィより先にね」
ステアもやるせない思いでアンソニーの顔を見た。

(キャンディ・・・僕に気を遣わなくてもいいんだよ。テリィが好きなら遠慮はいらない。もうバラ園へ来なくたっていいのに。君に笑顔で声をかけられると、なんか同情されてるようで辛くなるんだ)

窓の外には秋の光景が広がる。
陽射しが段々に弱くなり、吹く風も涼しさを増し、そのうち木々の葉が色づいて枝を離れていく。
そんな景色と重なるように、アンソニーの心にも落ち葉が舞い散っていった。

(今日こそはキャンディに会って、気持ちをはっきり確かめよう。そしたら僕は・・・)

本当はずっと前にそうするべきだった。
だがいつまでもズルズルと日延べしてきたのは、答えを聞くのが怖かったから── 一体彼女がどちらを選ぶのか──自分か、それともテリィか。
一日でも長くキャンディのそばで過ごしたくて、「運命の宣告」から逃げていたのかもしれない。

(臆病な男だな、僕は。きつね狩りで落馬したとき、記憶と一緒に勇気もなくしてしまったんだ、きっと。でも猶予もこれまで。でないと、いつまでたっても前へ進めない)

アンソニーはフッと笑って立ち上がると、何も言わずにドアへ向かった。

「お、おい、アンソニー!」
呼び止めるステアの声も耳に入らないらしい。
遂に無言のまま、振り向きもせず部屋を出て行ってしまった。

「兄貴、見たか?あいつ、ニヤッと笑ってたぜ。もしかしてショックのあまり・・・」
アーチーはそう言うと、こめかみの辺りで右の人差し指をクルクル廻して見せた。

「まさかいくらなんでも・・・」と否定するステアだが、弟の指摘もまんざらではないと思い、(頼むから変な気だけは起こさないでくれ、アンソニー)と願わずにいられなかった。




その頃、キャンディはテリィと一緒に、にせポニーの丘・・・

ぽかぽかと暖かい秋の陽だまりの中、テリィはキャンディの膝枕で気持ち良さそうに目を閉じていた。
といっても、別に眠っているわけではない。
二人の間には、会話も必要ないくらい、穏やかな空気が流れていたのだ。
こんなに優しい気持ちになれたのは久し振りかもしれない。
アンソニーが現れてからというもの、心は落ち着きをなくし、「自分にとって一番大切な人」が誰なのかを見失っていたキャンディだが、今やっと長い迷いから覚めた気がした。

そう──森で道に迷ったとき、見つけ出して抱きしめてくれたのはテリィ

(私、今までずっと迷子になっていたのかも。あなたとアンソニーの間で。でも、やっとはっきり分かったわ。どこへ行けばいいのか。それを教えてくれたのは、もしかしてアンソニーかもしれない。彼が現れなかったら、きっと私は今も意識してないはずだわ。テリィの存在がどんなに大切かを・・・)

「どうした?考え事なんかして。ターザンそばかすには似合わないぜ」
深い瞑想から目覚めさせたのは、ちょっと気取った低音。
ゆっくり起き上がったテリィが、いたずらっぽく笑っていた。

「失礼ね!ターザンそばかすじゃないわ。今度そんなふうに呼んだら許さないから!」
「ほほう~。そばかすが気に入らないとなると、鼻ペチャモンキーかな?それとも太っちょレディがいい?」
からかわれたキャンディは、ほっぺをプーッと膨らませて眉を吊り上げた。
「太っちょですって?よくも言ったわね~。ちょっとくらいお肉が付いてる方が魅力的なのよ!」
腰に手を当ててふんぞり返るキャンディに、テリィはクックッと又笑う。
「その割に胸はペッタンコだけどね」
「んもう、テリィったら~!!」

仕返しに頭を叩こうとすると、その手を掴まれ、強く引き寄せられた。

「スタイルなんか良くなくていい。美人でなくてもいい。俺は今のままのキャンディが・・・」

そこまで言うと、テリィは急に黙り込み、いきなり顔を近づけてきた。
「もしアンソニーにこんなことさせたら、俺は許さないぜ」

彼がウィンクした途端、何かがキャンディの口元に触れる。
それは情熱的なテリィの唇。

今まではそっと触れるだけで離れていったのに、今日は違った。
長いこと包み込み、そしていつの間にか忍び込んでくる。
体がしびれ、熱病に冒されたように熱く火照ってくる。
唐突の出来事に驚き、キャンディは少し怖くなってテリィの胸を叩いた。

「おっと!お子様相手に大人のキスをしちゃあ、まずかったよな」
「な、何よ!お子様って。歳なんかいくらも違わないのに、自分だけ大人の振り?」
「歳が違わなくたって、君よりずっと経験豊富だと思うけど。違う?」

ニヤッと笑って、またウィンクして見せるテリィがちょっとだけ憎らしかったが、それ以上に嬉しかった。

(あなたといると、どうして心が軽くなるんだろう。背伸びしたりしないで、私は全てをさらけ出すことが出来る。レイクウッドでアンソニーと一緒に過ごしたときは、こんな気持ちにならなかった・・・)

その時キャンディはハッとした。

(そうだわ。私はアンソニーに嫌われたくなくて、いつの間にか「一番可愛い自分」を演じていたのかもしれない)

「だって彼は王子様だものね。手の届かない憧れの人なんだわ」

突然大きな声で独り言を言ったキャンディに驚いて、「おい、何なんだよ。『彼』とか『王子様』とか・・」と、テリィはちょっと不機嫌そうに言う。

「ごめんなさい。でもきっとあなたにも分かってもらえると思うの。これからアンソニーのバラ園に行ってくるわ。どうしても彼と話さなきゃいけないことがあるから」

急に立ち上がると、テリィの返事も聞かずに走り出す。
その背に向かって彼は一言だけ呟いた。

「本当は行かせたくないんだぜ。けど・・・信じてるから」

キャンディは振り返り、そしてニッコリ笑った。




男子寮の裏庭へ着くと、アンソニーがバラいじりをしていた。
まるでキャンディが来ることを知っていて、密かに待っていたようにも見える。
思いつめた顔で歩を進めると、意外にも先に口を開いたのはアンソニーの方だった。

「ハロー、キャンディ。丁度良かった。僕もこれから君のところへ行こうと思ってたんだよ」

こうして優しい笑顔を見てしまうと、これから言おうとしている自分の言葉が冷酷非情に思えて仕方ない。
それに「ハローキャンディ」という甘い声は、今でも変わらず、心の核に染み込んでくる。
切なくてたまらない。

「あの、アンソニー・・・」

苦しそうなキャンディのセリフが緊迫した空気を揺らしたとき、彼は緑の瞳を真っ直ぐ見つめた。

「君の言いたいことは分かってるつもりだ。もう覚悟は出来てるから遠慮はいらない。思った通りを言葉にしてごらん。そしたらきっと、君の心は軽くなる。悩みや苦しみは全部僕が引き受けるから、大丈夫だよ」
「アンソニー・・・」

キャンディの目には、みるみるうちに涙が溢れてくる。
「ごめんなさい。テリィが好きなの。ごめんなさい!」
「分かってたさ。もうずっと前から」

その瞬間、彼女の頬を大粒の真珠が伝った。

「アンソニーのこと、大好きだったのに・・・。あなたと離れていた月日が全てを変えてしまったんだわ。テリィは生きていく素晴らしさを教えてくれた。あなたが死んでから心を閉ざしていた私を、明るい世界に呼び戻してくれたの。だから私、テリィと一緒に生きていきたい!」

涙を流しながら必死で訴えるキャンディの手を、アンソニーは静かに握りしめた。

「君がテリィを好きになったのは、僕が死んだからじゃない。きっと君は、僕がそばにいても彼を好きになったろう。つまりはね、これが運命ってヤツなんだよ」
「私を許してくれる?」
「許すも何も、君の人生だ。僕には責める資格なんてない。それどころか感謝してるよ」
キャンディは「まさか」という顔をしてアンソニーを見上げた。
「だって優しくなれたから。短い間だったけど、最高に幸せだったよ。こんな気持ち、君を好きになるまで知らなかった」

そう言い終わると、彼はそっと手を離し、キャンディとの間に少し距離を作った。

「一つだけ僕のわがままを聞いてくれる?」
「なあに?」
「いつまでも君のそばにいて見守ってあげたいけど、さすがにそこまでの強さはないんだ。はっきり言って君ら二人を見てるのは辛い。だから僕は学院をやめるよ。許して欲しい」

急な告白を聞かされ、驚くキャンディ。

「やめてどうするの?」
「アメリカへ帰る」
「シカゴの本宅へ行くのね」
「いや、もうアードレー家には戻らない。ボストンの進学校へ行ってアイビーリーグを目指す。医者になりたいんだ」
「え!?」

更に衝撃的な決断に、キャンディは目を白黒させた。

「驚いたろう?でも昨日や今日決めたことじゃない。事故の後、長い入院生活を送っていて、その間いろいろあってね。これも運命だと思うよ」

澄み切った青い目には一点の曇りもなく、眩しいほどに輝いて見える。

「きつね狩りは私たちに別の人生を用意していたのね」
「そういうことになるかな」
「でもアンソニーなら、きっと素晴らしいお医者様になるわ。私、信じてる」
「君も幸せになれるよ。いつまでもテリィについていくんだ。たとえどんなことがあっても彼の手を離しちゃいけない。いいね?」

涙ぐんで頷くキャンディの前に、右手が差し出された。

「元気で・・・。もしまた会うことがあったら、世界一幸せな笑顔を見せて欲しい。約束だよ」

頬を伝った涙が、重なる手と手にこぼれて落ちた。
アンソニーの手は温かくて大きい。
この手に抱きしめられることはもう二度とないと思うと、狂いそうになったが、それも自分で選んだ道。
キャンディは左手で涙を拭いながら、やっとの思いで笑顔を作った。

「あなたも幸せになってね」

──それが二人の別れになった。




そしてキャンディは駆けていく。脇目も振らず、まっすぐに。
目指す場所は、にせポニーの丘。
そこで「大好きな彼」が待っていてくれるから。

秋風になびく栗色の髪と、照れくさそうなgreenish blueの瞳を見たとき、キャンディは迷うことなく広い胸に飛び込んだ。

「好きよ、テリィ。大好き!今はっきり分かったの。好きなのはあなただけ。だからあなたも、私だけ愛してくれる?」

漸く自分の懐へ戻ってきた大切な小鳥を抱きしめた後、テリィはキャンディをひょいと抱き上げ、柔らかな頬にそっとキスした。

「決まってるだろ。頼まれなくたってそうするつもりだったさ。もうイヤってくらい愛してやるよ。君のすべてをたっぷりと・・・ね」

意味深なセリフを聞いて真っ赤になりながら、キャンディは全身で喜びを感じていた。

(ああ、信じられない位テリィが好きだわ。こうなることは、きっと船の上で初めて会ったときから決まっていたのね)

力強い腕に抱かれながら、キャンディは彼の胸に顔を埋めた。

「そんなに引っつくと、俺は何するか分からないぜ」
「え?」

耳元で囁かれた声に驚いて顔を上げると、澄ました笑顔が見つめていた。

「ホントはあんなこともこんなこともしたい・・・けど、君がもうちょっと大人になるまで待ってやるよ。いきなり泣き出されたら責任感じちゃうしな」
ウィンクしてからかうテリィ。
「まあ失礼ね!私はもう大人よ」
「おっ、そう来ましたか。じゃあ、今夜君の部屋へ忍んで行ってもいいかい?」
「もう~、テリィのバカ!」

幸せそうな声が、にせポニーの丘にこだまする。
恋人たちの語らいに、いつまでも耳を傾けていたのは、穏やかな秋の太陽だけだった。




「いいのかい?キャンディに本当のことを言わなくても」

急に帰国を決めたアンソニーは、一言挨拶しようと叔父のもとを訪ねている。
そう・・・ここはブルーリバー動物園の控え室。

「本当のことって?」
叔父の台詞の意味が分からず、問い返す甥。
「今まで黙ってたんだが、実は見ちゃったんだよ、スコットランドで」
「?」
「森で迷子になったキャンディを助けたのは、テリィじゃなくて君だろ?」
「ああ、そのことですか」

アンソニーはフッと笑った。

「『テリィより先に君を見つけたのは僕だ』って言ったら、彼女の気持ちは変わるかもしれない。だから言わなくていいのか?」
「無駄でしょう」

断言する甥に、アルバートは意外な顔をした。

「言ったところで、きっと何も変わりはしない。だってもう、彼女は選んだんだから」
「それは救世主がテリィだと思い込んでるせいだよ」
「それも運命だと思うんです」
「!?」
「もし僕とキャンディが結ばれる運命なら、神様は彼女に真実を伝えてくれたはずだ。でもそういうことにはならなかった。だから潔く諦めるんです」

痛いほど澄んだ青い瞳は、揺ぎない決心を宿して輝いている。
それを見たアルバートは、やれやれという顔で肩をすぼめた。

「この頑固者め!何を言っても無意味らしいな。君のそういうところ、ローズマリーにそっくりだよ」
「だって親子ですから」

そう言ってアンソニーはまた笑った。




キャンディがテリィを選んだことに納得のいかないアーチーは、それから随分ご機嫌斜めだったが、ステアが何とかなだめるうち、漸く現実を受け入れられるようになっていった。

暫くしてアンソニーから手紙が届き、無事にボストンの進学校に転入したと書かれていた。

月日は平穏に流れていく──
だが、1914年になると戦争の黒い影がロンドンをも包むようになり、キャンディたちは帰国を余儀なくされた。勿論テリィも一緒に・・・

それからはいろいろなことがあった。
キャンディは看護婦、テリィは俳優の道をそれぞれ歩み、変わらぬ愛を育んでいったが、ある日突然の悲劇が二人を襲う──スザナの事故──
テリィに叶わぬ想いを寄せていた彼女は、怪我を楯にとって恋人たちの仲を引き裂いたのだ。

もう復縁は不可能だと思われたが、危機を救ったのはアンソニー。
テリィがスザナと婚約したのを新聞で知った彼は、捨て身の覚悟でニューヨークへ向かう。

マーロウ邸を訪れたアンソニーは、迷うことなくスザナに真実を突きつけた。

「突然の訪問をお許し下さい。僕はキャンディとテリィの古い友人です。今更言わなくても分かってるでしょうが、あの二人は愛し合ってます。それでも君にはテリィが必要ですか?」
「ええ」

きっぱり言い切るスザナには、一歩も譲らないという決意がみなぎっていた。

「彼に愛されてなくても?」
「テリィは私を愛してくれてますわ。だってキャンディじゃなくて私を選んだんですもの」
「それは違うな」

アンソニーは一笑に付した。

「彼は同情と責任感から君のそばにいるだけですよ。何故それが分からない?いや、聡明な君には、もう全部分かってるはずだ」
「分かりたくなんかないわ!だって彼を離したくないから。こんなに好きなのよ・・・」
「でも彼はそうじゃない。愛してもくれない男をつなぎとめて、それで満足なんですか。自分が惨めにならないんですか?そんなにも君のプライドは低いの?」
「テリィが私を見捨てるはずないわ。だって私の足がこんなふうになったのは彼のせい・・・」

「だから君は愛されないんだ!そんなんじゃ、男は引くだけだよ。僕だって鳥肌が立ってる」

突然の怒鳴り声に驚いて、スザナは身を硬くした。

「おっと失礼。でもこれだけは言わせて欲しい。君は本当にテリィが好きなんでしょう?好きだからこそ彼をかばった。その時の気持ちに打算はなかったはずだ。なら、もう一度初心に返ってもらえませんか。本当に好きなら、相手の幸せを一番に考えるべきじゃないかな。身を引くのもまた、愛の形だと思うよ」
「偉そうな顔してお説教しないで!あなたに何が分かるのよ」
「分かってるさ。嫌というほどね。僕だって昔、最愛の人を諦めたことがあるんだ。彼女の名前、何だと思う?」
「?」
「キャンディス・ホワイト・・・」

瞬間、スザナは「あっ」という顔をした。
全ての時間が止まって、二人の間を静かにすり抜けていく。

「人にすがって生きるのはたやすいことだ。それも人生だろう。でもね、そんな生き方、君には似合わないよ。だって神様は沢山の才能をスザナ・マーロウに与えて下さったんだから。舞台に立つだけが女優じゃないだろ?」

スザナはその言葉に突き動かされ、思わず身を乗り出してアンソニーを見つめていた。
目に一杯の涙を浮かべながら・・・


次の日、スザナはこう言ってテリィを驚かせた。
「今まであなたを縛りつけてごめんなさい。私のことはもう大丈夫よ。だから今すぐ彼女を・・・キャンディを迎えに行ってあげて。他の誰かに取られてしまう前に」

他の誰か──そう、ウィリアム・アルバート!
アードレー家当主として正式に社交界へ姿を現した彼が、キャンディを伴侶に迎えようとしている噂が出回り始めた矢先だった。

「渡したくない!アルバートさんにも誰にも。キャンディは俺だけのものだ」

スケジュールに余裕はなかったが、全ての仕事を投げ出し、何も考えずにポニーの家へ向かう。「彼女との未来」を勝ち取るために。




「やっと来たか。もし来なかったら、ストラスフォードまで殴り込みに行こうと決めてたんだぜ。だって君は僕に誓ったろ?どんなことがあってもキャンディを幸せにするって」

一足先にここを訪れ、テリィを出迎えたのはアンソニー。

「参ったな。また決着をつけることになるのかい?勝負はもうついたと思ってたのに。あんたが聖ポール学院を黙って出て行ったあの日にね」

肩をすぼめるテリィに、アンソニーは笑う。

「誤解するな。もうキャンディのことはすっぱり諦めたよ。今日はキューピットのつもりで参上したのさ」
「キューピット?」
「誰かが教えてやらなきゃ、いつまでたっても彼女は分からないからね。アルバートさんへの想いが一体何なのか」
「?」
「危ういところだったんだぜ。君が迎えに来るのがもうちょっと遅れたら、きっと彼女は『アードレー夫人』になってたよ。自分の想いが本当はどこを向いているのか気づかないまま・・・いや、気づかない振りをして、心の奥に押し込めたまま」

驚いて、目を大きく見開くテリィ。

「僕は今でもキャンディが好きだ。この気持ちは一生変わらない。だからこそ、『心が火傷するほど愛してる男』と一緒になって欲しい。それはアルバートさんじゃない・・・君だ。きっと叔父も分かってるはず。だから気を遣うな」
「今、キャンディはどこに?」

アンソニーは扉を開け、ポニーの丘へ続く緑の小道を指差す。

「しっかりやれよ!テリュース・グレアム」

肩をポンと叩き、青い瞳がウィンクした。




そしてテリィは駆けていく。
五月の風を満面に受け、心から愛する女性のもとへ。二人で上ると約束したポニーの丘へ。

そこで彼を待っていたのは──夢にまで見た最愛のキャンディ。

「テリィ!テリィじゃないの。どうしてここへ?」
「分かりきってるだろ?迎えに来たんだ。長いこと待たせて悲しませたけど、今やっと分かった。俺は君がいなけりゃダメなんだ。だから一緒にいたい。これから先も、ずっと、ずっと。たとえ誰に邪魔されても諦めたりしないよ、今度は絶対」
「私がアルバートさんを好きでも?」

試すようなキャンディの瞳にも、テリィは動じたりしない。自信に満ちた顔つきで、堂々と頷いた。

「たとえ今はそうでも、必ず君は俺に落ちる。初めて会った時のようにね。だってこれは運命だから。そうだろ?」
「うぬぼれ屋さんはあの頃のままね」

ぷっと吹き出したキャンディだったが、その後で急に真顔になる。

「でもスザナはどうするの?」
「心配いらない。ここへ来るように背中を押してくれたのは彼女だから」

信じられなかった。
涙が溢れてきて、苦しかった過去のしがらみを、一つ一つ洗い流していく。

「あのスザナがそんなふうに言ってくれるなんて。一体何が彼女を強くしたのかしら?」

「さあキャンディ、一緒に行こう」

差し伸べられた大きな手に向かってキャンディは駆け出していく。
そして広い胸に思い切り飛び込んで泣いた。

「会いたかったわ、テリィ。凄く会いたかったの。それに・・・本当は今でも好き。大好き!私にとっても、あなたしかいないの。それを教えてくれたのはアンソニーだわ」
「あいつが?」
「ええ。急にフラッとやってきて、『ポニーの丘へ行ってごらん。君が一番会いたい人が現れるはずだよ』って。私が『アルバートさん?』って聞いたら、彼は静かに首を横に振ったわ。『自分に嘘をついちゃいけない。きっと一生後悔する』・・・そう言ってた」

テリィは何も言わない。
静かな笑みを浮かべながら栗色の前髪をかきあげ、何か呟いたような気配がした。
だがそれは、キャンディには聞こえない「心の呟き」。

(あいつ・・・アジな真似しやがって。これで借りを作っちまったな。でも悪い気はしない。どうしてだろう?)

「私、今までずっと自分に言い聞かせてたの。『テリィにはスザナがいるわ。だからもう追っちゃいけない。それより、私を大切にしてくれるアルバートさんの気持ちに応えなきゃ』って。でもどんなにごまかそうとしてもダメだった。頭では承知していても心は正直なのね。私が本当に好きなのは・・・」

その時急にテリィの唇が彼女の台詞を遮った。
熱く激しい口づけ──息もつけないほどの。

「君・・・俺に惚れてんだろ?いいよ、今更言わなくても。そんなことはずっと前から分かってた。ただちょっと、俺たちは道を踏みはずしただけなんだ」

キャンディは涙を流しながら必死で頷く。

「結婚しよう!誰にも文句は言わせない。もしアルバートさんが許してくれなくても、俺は説得する。『あなたの大事な娘を僕に下さい』ってね。これからは俺が君を守るから」

キャンディを引き寄せると、ブロンドの後れ毛から清々しい花の香りが漂った。
テリィは更にきつく抱きしめる。

「ついていくわ、テリィ。たとえどんなことがあっても。今度こそあなたのそばを離れない」

運命が導いた恋は、今、ポニーの丘でやっと完結した。
キャンディが選んだのは、アンソニーの手でもアルバートの手でもなく、温かくて繊細なテリィの手。
その手に抱かれながら、彼女は虹色の光の中に溶け込んでいった。
二人を包むのは、怖いほどの幸せ。


もうこの手を離しはしないよ。
俺だけの・・・俺だけの女(ひと)になって欲しい・・・
 
~ The End ~


 
おまけ1 「その後の叔父と甥の会話」

「アンソニー、余計なことをしてくれたな」

言葉はきつかったが、アルバートの瞳は笑っていた。優しい光をたたえて。

「だって、キャンディには幸せになって欲しいですから。仕方ないじゃないですか」
「彼女を幸せにする相手が僕じゃいけなかったのかい?」
「いけなかったと思いますよ」

陽だまりの中、甥は微笑んだ。

「どうして?」
「分かってるんでしょ、叔父さんだって。彼女が心底好きなのは・・・」
「少なくとも君じゃないな」

茶化す叔父。

「残念ですが、当たりです。かと言ってあなたでもないでしょ」
「そのようだな。結局、僕は彼女にとって『兄』や『養父』以上の存在にはなれなかったってことか」

アンソニーはフフッと笑うだけで、何も言わない。

「おっと・・・やめておこう、墓穴を掘るのは。本当を言うとね、僕は自分でキャンディの背中を押そうと思っていたんだよ。『テリィの所へ行け』って。でもなかなか言い出せなかった。いざとなると手放すのが怖かったんだ。いい大人がバカみたいだろ?そうこうしているうちに、君が助け舟を出してくれた。礼を言うよ」

アンソニーは黙ったまま「イヤイヤ」と手を振って見せる。

「振られた叔父と甥で、仲良く酒でも飲むとするか」
「いいですね!付き合いますよ。勿論叔父さんの奢りでね」
「こいつ、ちゃっかりしてるな~」

甥のブロンドをくしゃくしゃにしながら、アルバートは機嫌よく笑った。

「冗談抜きで、いい奥さんをつかまえてくださいよ。『アードレー夫人』に相応しい女性をね」
「君だって、いい女をものにしろよ。医者の妻が務まる才女をね。間違ってもイライザなんかに捕まるなよ」

ウィンクするアルバート。声を出して笑うアンソニー。
窓から差し込む西日が、二人の顔を照らして優しく揺れた。



おまけ2 「その後のテリィとアンソニーの会話」

「いい加減キャンディのことは諦めて、適当な女と結婚しろよ。そうでないと寝覚めが悪くてしょうがない。『お前の人生を変えちまったのは、俺』って気がしてね」

「まあ、当たらずとも遠からずだな。君さえ現れなかったら、僕とキャンディは絶対結婚してたはずだから」

冗談めかして意地悪っぽく笑うアンソニーに、参った・・・という顔のテリィ。

ここはキャンディとテリィのスイート・ホーム。
今日は「奥様」が留守なので、野郎二人でダラダラお茶を飲む。
今や彼らは無二の親友になっているのだ。

「お前、一応は医者なんだろ?しかもアイビーリーガーだ。女たちが放っておくわけがない。群がるシンパを煙に巻くのにいつも苦労してるって、アーチーから聞いたぜ。その中で誰かいないのかよ、いい女」

「沢山いるよ。い過ぎて目移りしちゃうんだな、これが。でも誰もキャンディにはかなわないさ」

「はあ~、またこれだ!結局はキャンディかよ」

「ま、そういうことになるかな。好きなんだからしょうがない」

「いっそのこと、スザナで手を打ったら?お前が説得したあの日から、えらく熱を上げてつきまとってるそうじゃないか。聞くところによると、ボストンまで押しかけたとか・・・」

スザナの名を聞いた途端、アンソニーは青ざめて深いため息をついた。

「君が悩んでスランプに陥った理由がよく分かったよ。大変だったんだなぁ」

「・・・」

「ある意味、イライザよりひどいかも!?」

二人は顔を見合わせ苦笑した。

そのとき、窓辺の小さなベッドから赤ん坊の元気な泣き声が響く。

「あ、『アンソニー坊や』がお目覚めだ!」

アンソニーは「自分と同じ名を与えられた、テリィとキャンディの息子」の方へ、吸い寄せられるように近づき、力強く抱き上げて頬擦りした。

それを見ながら、ほんのちょっと複雑な表情を浮かべる若い父親。

(大体俺は「アンソニー」って言う名前には反対だったんだ。だって、いつまでも呪縛から逃れられないじゃないか。なのにキャンディのヤツ・・・人の気も知らないで、いつになっても能天気だよ、全く!)

赤ちゃんの名は、どうしても「アンソニー」じゃなきゃイヤ!と泣き叫んだキャンディ。
だから彼らの長男は「アンソニー」になった。
次の子がまた男の子なら、今度は絶対「アルバート」と名づけるだろう・・・
間違いない(爆)。
 



アルバートファンのお客様へ
本当にごめんなさい(滝汗)!!
今回のお話は、テリィファン様に捧げるつもりで書いたので、こういう結末となりました。何卒お許しくださいますよう、切に切にお願い申し上げますm(__)m

(私個人としては、「キャンディの最終的なお相手がアルバートさんである可能性は十分アリ」だと思っていますです)
ラスト近く、「テリィVSアルバートさん」という構図になり、アルバートファン様には「ムッとするような台詞」の数々があったと思います。実は、あちこちで見かけるテリィファン様の願望(書き込み)を参考にして台詞化したんです。どうか御理解くださいませ。


テリィファンのお客様へ
拙い作品に最後までお付き合い頂き、本当にありがとうございましたm(__)m 
一応キャンディとハッピーエンドにはなっていますが、数々のご不満がおありでしょう。私がファンだったら、「テリィ自身が決心して、自分で逆境を乗り越えてキャンディを迎えに行って欲しい」って思いますもの。アンソニーの助力なしで(笑)。
それにストーリー自体も、テリィとキャンディがラストで幸せになるには、少々強引だったと思います。途中で張った伏線も全く生かされてませんし(^^ゞ そもそも「in 聖ポール学院」じゃなくなってますよね、最後は。スザナまで出てきちゃって(爆)。なぜこんなに話が飛躍したかは、もし別バージョンをお読みいただければ、はっきりすると思いますです。
ここらへんが、アンソニーファンが書く限界なんでしょう。残念ながら私にはこれが精一杯でした。
今までの「対決モノ」はテリィが中心で、アンソニーは単なる引き立て役でしたからね~(号泣)。いつかアンソニーにスポットライトを当ててあげるのが夢だったんです。ってことで、彼は「振られながらも、いい役回り」になってしまいました・・・。どうかお許し下さいまし。
ですが、いつも拙サイトにお越しくださり、マメに感想を下さるテリィファン様への感謝は、私なりに一生懸命表したつもりです。少しでも気持ちが伝われば、本当に嬉しいです・・・
本格的にテリィがかっこよくて、大満足できるのはTomoさんのサイトです!!どうぞそちらでお口直しを・・・(リンクのコーナーから飛んでくださいネ)
そして別バージョンについて。お察しの通りの結末となりますが(^^ゞ、テリィには沢山活躍していただきます!ちょっとでも興味を持ってくださるお客様は、こちらにもお付き合いくださると、とっても嬉しいです(*^_^*) どんなラストであろうと、「男らしくて優しいテリィ」です・・・。