アンソニーVSテリィ in 聖ポール学院
~第2話~
「彼」は二人の声を遮るように、重く低いトーンで言い放つ。
「悪いけど前言を撤回してくれないか。僕はこうして生きてるんだから」
驚いて振り返ったキャンディとテリィの前には、金色の髪を風になびかせる美少年が立っていた。
「ハロー、キャンディ。随分久し振りだね」
こぼれるような優しい笑顔と深く澄んだ青い瞳が視界に入った瞬間、キャンディの心臓は止まりそうになった。
「ア、アン・・・」
それ以上言葉が出て来ない。棒立ちになったまま見つめる彼女のところまで歩いていくと、少年は少し腰を落としてグリーンの瞳を覗き込んだ。
「僕だよ、僕!忘れちゃったの?」
涙がじんわり溢れてきた。
「アンソニー」
小さく絞り出すように発音された懐かしい名前。
キャンディは大きな声で彼の名を叫ぶことが出来なったのだ。
驚きと愛しさで胸が一杯になって。
「アンソニー、アンソニー!」
大粒の涙が後から後から頬を伝って、もう何も見えなくなった。
「良かった、覚えててくれたんだね。君に会えなくなったあの日から、どんなに今日を待ち焦がれてきたことか」
感極まったアンソニーは、泣きじゃくるキャンディを抱きしめようと、両の手を伸ばした。
だが、それをむんずと掴んでねじ上げたのはテリィ。
「おい!人の女に堂々と言い寄るなんて、いい度胸じゃないか」
「人の女だって?非常識なことしてるのは君の方だ。僕とキャンディはずっと前から・・・」
振り向きざま、初めてまともに視線を合わせたアンソニー。
その顔を見て、ハッとするテリィ。
「あ、お前はいつかの・・・!」
驚嘆の声を上げたのは、ほぼ同時だった。
そう──アンソニーが聖ポール学院に転入してきた日、彼らは廊下で鉢合わせしていたのだ。
「やあ坊ちゃん、あんたはあの時の間抜け野郎じゃないか。よそ見しながら歩いて、俺にぶつかってきたよなあ。院長室のそばで」
「あれは君のせいだ。不案内の僕を避けて通ればいいのに、わざとそっちから仕掛けたに決まってる」
「自分のミスを人にかぶせるなんて卑怯者のすることだぜ。おまけに死んだ奴の振りなんかして、どういうつもりだ。キャンディの気を引こうって魂胆なら、無駄だと思うけど」
「『振り』じゃない。僕は本物だ。正真正銘のアンソニー・ブラウンだ!」
「ふん、馬鹿馬鹿しい。死んだ人間が生き返るってのか?そんな話、聞いたことないね。それとも何かい?20世紀に入ったから奇跡が起きたとでも言いたいのか」
一笑に付し、歯牙にもかけない相手に対して、アンソニーは真っ向から敵愾心を燃やした。
「君がテリィか」
「だとしたら何なんだ。あんたに名乗る必要はないだろうさ。亡霊くん」
鼻でせせら笑う意地悪い瞳が、アンソニーに侮蔑の視線を投げた。
「もう一度言っておく。僕は亡霊なんかじゃない。ちゃんと生きてる。生きてここへ来たんだ。キャンディに会うために」
そしてブルーの瞳を彼女へ向け、いとおしそうにじっと見つめた。
まともに見られて真っ赤になったキャンディは、それでも不安を隠せない。
交互に二人を見る目は、明らかに揺れている。
もし今ここにテリィがいなかったなら、脇目も振らずにあの胸へ飛び込んでいくだろうに。
そして思い切り泣いて、こう言うだろう。
「アンソニー、ひどいわ!私を置いてきぼりにして。あの日からずっとずっと待ってたんだから。あなたが『キャンディ、ごめん。心配かけたね』って、帰ってきてくれる日を」
しかし、きつね狩りの事故から今日までの間に流れた月日は、明らかに状況を複雑にしていた。
今のキャンディは、素直にアンソニーの手を取ることは出来なくなっていたのだ。だってもう、テリィがいるのだから。
せいぜい許されているのは、こんな風に尋ねることだけ。
「どうして今まで死んだことになっていたの?」
キャンディの口をついて出たその言葉に、アンソニーは静かに応じた。
「その質問に応えるには、長い時間がかかる。今ここで、しかもテリィがいる所で話したくはないんだ。いつか君と二人だけの時に・・・」
「残念だけど、そんな時は永遠に来やしないさ。どうしても話したけりゃ、今ここで話すんだな。付き合ってやってもいいぜ」
アンソニーを強引に遮ったテリィは、不敵な笑いを浮かべた。
「私も今すぐここで聞きたいわ。あなたのこと、一刻も早く知りたいから」
涙を浮かべて訴えるグリーンの瞳に折れたのか、アンソニーは深呼吸をすると、ゆっくり話し始めた。アーチーやステアに話したのと同じ打ち明け話を──
アードレーとシャルヴィの権益争いのせいでニューヨークに追われ、回復するまでずっとそこで暮らしたこと。そしてやっと公の場に姿を見せられる状態になったこと──
キャンディは驚くと同時に、更なる涙を流した。アンソニーが置かれた、切なく哀しい状況に対して。
(知らなかったわ。お家の事情のために、あなたが犠牲になっていたなんて。そんなこととは知らずに、私は、私は・・・)
アンソニーが生きていた嬉し涙。辛い思いをした彼に同情する涙。いつまでも待っていてあげられなかった悔恨の涙──
キャンディの頬を濡らしたのは、いくつもの想いが複雑に錯綜した末の滴(しずく)だった。
「ほお~、それはそれは。随分とご苦労があったようで。とにかくあんたが九死に一生を得たのは良くわかった。ところで・・・」
少々神妙な面持ちに変わったテリィは、そう言いかけて、今度は体をキャンディの方へ向けた。
「で、結局君はどっちを選ぶってわけ?俺と、こっちの『死に損ない』と」
「そんな言い方はないでしょ。失礼だと思わないの?」
アンソニーの肩を持つキャンディが気に食わないのか、テリィは大げさに肩をすぼめ、わざとおどけて見せた。
「キャンディ、僕たちはレイクウッドで楽しい時間を過ごしたよね?」
アンソニーは祈るような気持ちでキャンディを見つめる。
「生憎だな。そんなことはとうに忘れちまうほど、今の俺たちは深い絆で結ばれてるのさ。もうあんたが入り込む余地は全くない!」
「それは僕が死んだことになってたからだろう?生きてれば話は別さ。そうだよね?キャンディ」
必死に同意を求める彼の情熱が痛かった。素直に「そうよ」と答えてあげられない自分が歯がゆかった。
キャンディは何も言えないまま、じっと青い瞳を見上げるしかなかったのだ。
「ほら見ろ!彼女は返事しないじゃないか。つまりはそれが答えってことさ。残念だったな、アンソニー坊ちゃん」
勝ち誇った顔でふんぞり返るテリィの姿など、もう目には入らなかった。それほどまでにアンソニーのショックは大きかったのだ。
(二つ返事で僕を選んでくれると思ったのに・・・。君の心には、本当にテリィが住みついてしまったのかい?僕のことなんか、もうどうでもいいくらいに)
6月だというのに、やけに裏寒い風が吹いて、アンソニーの心を急速に冷やしていった。
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その日の夜、アーチーとステアの部屋はまるでお通夜のように沈んでいた。報告に来たアンソニーから、予期せぬ展開を聞かされたからだ。
「キャンディは素直に喜んでくれなかったよ、僕が生きてたこと。それにテリィと僕とどっちを選ぶかって聞いたとき、黙ったままで何も言ってはくれなかった」
落ち込んで頭を抱えるアンソニーを慰めようと、ステアは必死になって言葉を探す。
「それはさぁ、きっとテリィに気を遣ったからだよ。一応付き合ってるんだから、目の前にいる彼氏を無視して、すぐさま『アンソニーを選ぶわ』って言えなかったんじゃないかな」
「だとしてもだよ、頭に来るんだよな。キャンディのそういうとこ!何でテリィになんか気を遣う必要があるんだよ。アンソニーが好きなら好きって、はっきり言えばいいんだ」
まるで自分のことのように腹を立てて熱くなるアーチーに、ステアは「黙れ」と目で合図した。
「バカだな。そんなこと言ったら、アンソニーは余計に落ち込むだろ」
小声で耳打ちする兄に、弟は「しまった・・・」というような顔をした。
「気を遣うってのは、テリィが好きな証拠だよ。僕にだってそれくらい分かる。
信じたくはないけど、この何ヶ月かで、すっかり状況が変わっちゃったんだな」
唇を噛んでソファーに座り込んだアンソニーには、兄弟のやり取りなど聞こえていなかったかもしれない。
アーチーもステアも、もうかける言葉がなかった。
一方、女子寮では、キャンディの部屋にアニーとパティが集まって、今日のお昼に起きた「奇跡」をいつまでも語り合っていた。
「死んだと思っていたアンソニーが生きて帰ってきたなんて、こんな素敵なことはないわよね!何てロマンチックなの」
目をキラキラ輝かせて言うパティは、夢見る少女そのものだ。
「でもキャンディはもうテリィと付き合ってるのよ。そこへ昔好きだった人が現れて、『君はどっちを選ぶ?』なんて言われても困っちゃうわよね」とアニー。
「そう!そうなのよ。分かってくれる?アンソニーのことは確かに大好きよ。でも今はテリィがいるわ。彼の気持ちを考えたら、素直にアンソニーとの再会を喜べないの」
「じゃあ、迷わずテリィにする?アンソニーは『素敵なお友達』ってことで」
パティの提案に、アニーも加勢した。
「辛いかもしれないけど、はっきり言った方がアンソニーのためかもしれないわ」
「ちょ、ちょっと待って!まだテリィを選ぶなんて言ってないわよ」
「じゃあ、アンソニーなの?」
答えはない。
ため息をついて頬杖をつくキャンディを見ながら、二人は「困ったことになったわね」と顔を見合わせた。
アンソニーが生きて帰ってきたという知らせは、たちまちのうちにニールとイライザにも伝わった。
ニールが知ったところで、別にどうということはないし、実際彼はちょっと意外な顔をして「へえ~、そりゃ驚きだね。じゃあ、あいつの形見分けでもらった品を返さなきゃいけないってこと?」くらいの反応しか示さなかった。
問題はイライザだ。
あれだけ恋焦がれていたアンソニーが、実は生きていたのだ。しかも邪魔なキャンディには、テリィがいる。ということは、アンソニーを狙うチャンスは今を置いて他にない。
これぞ神の思し召しと勘違いした彼女は、早速行動を起こした。
アンソニーが男子寮の裏庭でバラの栽培を始めたことを聞きつけ、いそいそとやってきたのだ。
昼休みの貴重な時間、彼女の猫なで声がバラの空間にこだまする。
「アンソニーったらひどいわ。私のところへだって挨拶に来てくれても良さそうじゃない。だって、あなたが死んだと聞かされた日から泣き暮らしてきたんですもの。本当は生きてたなんて・・・神様に感謝してるの!アンソニーを返してくださってありがとうございます、って。ホントよ」
「それはどうも」
アンソニーは言葉少なに返答し、付き合い程度の笑みを浮かべると、くるりと背を向け、またバラの剪定に取り掛かった。
「あの子より、ずっとずっと待ってたわ」
そっけない対応が気に触ったと見えて、イライザはムキになる。
「聞こえてるの?キャンディなんかより、ずっと真剣に想ってたわ。知ってるんでしょ、テリィのこと。あの子はあなたがいなくなるとすぐに心変わりして、テリィと毎日ベタベタしてた。そういうの、許せないのよ!」
正直、耳を塞ぎたいほどイライザの言葉は痛かった。恐らく本当のことなのだろう。
自分を忘れ、日一日と想いはテリィに傾き、頬を赤らめて彼を見つめるキャンディの姿を思い浮かべたら、アンソニーの胸はキリキリと痛んだ。
「自分で確かめるまでは信じたくないな」
「私が嘘をついてるとでも言うの?見ちゃったんだから。裏庭で二人がイチャイチャしてるところを。キャンディったらすごく楽しそうにテリィのこと・・・」
「君は相変わらずなんだね。少しはまともになったかと思ってたよ!」
突然、アンソニーの怒声がイライザのおしゃべりを止めた。
普段は優しい物腰でも、時としてきっぱりした態度で相手に挑むアンソニーは、鋼鉄のような意志を持っているのだ。
静かな空気がぴんと張り詰め、思わずイライザが弱気になって後ずさりしてしまうほど、その迫力はすごかった。
それでも彼女は、負け犬の遠吠えを忘れたわけではなかった。
「ふん!いつもあの子の肩を持つのね。いいわ、今は目をつぶってあげる。でも真実を知った時、あなたはどう思うかしら?強がりを言ってられるのも今のうちよ」
アンソニーは何も言わなかった。呆れた一瞥を彼女に投げると、背を向けてバラの手入れの続きに取り掛かる。
返事すらしてもらえないイライザは、益々頭に血が上り、肩をワナワナと震わせた。
(アンソニーもテリィも、どうして私を無視してあの子のことばっかり・・・。覚えてらっしゃい、キャンディ。このままじゃすまさないわよ!)