初出 2015年9月24日
はじめに・・・
このファンフィク、二年ほど前に書きかけてほったらかしになっていたんです。
先日整理していて見つけました。
本当は連載して長編にする予定だったんですが、体調悪化や介護やらが重なり
今日に至りました(涙)
前回up分に頂いた感想に、「泣けてきた」「アンソニーには幸せになってほしい」
「二人で丘に上ってほしい」が多かったので、
このファンフィクを思い出し、加筆修正した次第です。
私にしては珍しく「障害なしのラブストーリー」なので、
アンソニー&キャンディがお好きな方に楽しんでいただけたらと思います。
勿論ハッピーエンドです。安心してお読みください(笑)
そういう趣旨ですので、アンソニーに興味のない方にはお勧めできません。
読んだらご不快になると思いますので、どうぞ読まないでくださいましm(__)m
ほら、バラの花びらを見て・・・
花は散るから美しいのよ
咲いては散り、咲いては散りながら
花は永遠に生きているの
花は散って より美しく咲き
人は死んで 人の心の中に
より美しく 永遠によみがえるのよ・・・
アンソニー ママは永遠に
あなたの心の中に生き続けるの
「僕は一生懸命だったんだ。意味なんか分からなかった。でも僕は一生懸命だった。ママが死んだのは、それから三か月後だった」
バラの門に咲いている沢山のバラたちが風に舞い踊る中、アンソニーはローズマリーが遺してくれた言葉を熱く語った。
隣に立ち、神妙な顔つきで聞き入るキャンディ。
こんな真剣に母の思い出を語る彼を見て感動したが、ほんの少しだけ不安になった。
「アンソニー、あなたのママって奇麗な人だったんでしょうね」
お転婆でそばかすがいっぱいで、おっちょこちょいで女の子らしくもなく、奇麗でもない自分が、本当にアンソニーにふさわしいのだろうか――そんな思いが頭をよぎる。
「小さい頃はそばかすだらけだったらしいよ。明るくて君みたいに緑の瞳をして」
すぐ近くで聞こえた優しい声が、心細かった胸に温かい希望を灯してくれた。
「私もアンソニーのママみたいに奇麗になれるかしら・・・」
嬉しさでいっぱいになり、アンソニーを見上げる。
そのすぐあと、とんでもなくおこがましいことを言ってしまった自分が恥ずかしくなって「無理かな・・・」と下を向く。
そんな姿を、目を細めて見ていたアンソニーはたまらなく愛おしくなり、彼女の左手を取ってそっと引き寄せた。
キャンディはハッとする。
バラの花がすぐそばで香った瞬間、柔らかい感触を左頬に感じる。
それはアンソニーの唇。
甘酸っぱく優しい、頬に刻印されたキスだった。
「きっと奇麗になるよ、キャンディ」
照れ隠しにそれだけ言うと、アンソニーも頬を赤らめる。
キャンディは頭の奥がボーっとして、何もしゃべることが出来ないでいた。
ドキドキドキドキ・・・
心臓の音だけが大きく激しくなり、沈黙の中でせわしなくメロディーを奏でている。
何も言わずに互いを見つめ合ったまま時間だけが流れていく。
実際はほんの少しのことだっただろう。
だが随分長い時間が経ったような気がした。
そのとき、静寂を破るようにアーチーの声が聞こえた。
「おーいアンソニー、大おば様が呼んでるぞー」
その声で我に返り、二人の頬は真っ赤に染まる。
「そうか、明日はいよいよきつね狩りだね」
さっきの出来事が脳内でリフレインされ、また心臓の鼓動が速くなる。
(ああ良かった、アーチーに見られなくて)
アンソニーもキャンディも、それぞれの胸の中でそう思った。
その晩、キャンディは夢見心地だった。
アンソニーがくれたキスを思い出すと、またドキドキしてとても寝付けない。
ステアとアーチーに秘密を持ってしまったようで後ろめたい気もしたが、それが益々嬉しかった。
二人だけの秘密を持てた!
アンソニーと私しか知らない、内緒の秘めごと。
自分たちの間が急に近づいた気がして胸がキュンとなる。
枕元には、花瓶に挿してあるスイートキャンディ。
まるでアンソニーに見つめられているようだ。
スイートキャンディの香り。アンソニーの匂い。
彼の気配を間近に感じる。
――アンソニー、おやすみなさい――
キャンディは幸せいっぱいだった。
大好きな人の顔を思い浮かべ、うっとりしながら眠りに落ちていく。
世界中の幸せを身にまとった気分だった。
翌朝、ドンドンと叩かれるノックの音で目が覚めた。
慌てて起き上がって歩いていき、ドアを開けてみるとアンソニーが立っている。
いつもと変わらない優しい笑顔で。
「お寝坊さん、おはよう。角笛が聞こえているだろ」
昨夜は彼のことを想ってなかなか寝付けなかったから、ついつい寝過ごしてしまったのだ。
そのせいでネグリジェ姿を見られてしまうなんて恥ずかしすぎる!
今日着る服を持ってきてくれたステアとアーチーにまで、しっかり目撃されてしまった。
でもいやらしい目で見るでもなく、ニヤニヤするわけでもなく、みんななんて紳士なんだろう!
感激しているキャンディを尻目に、少年たちは「きつねを仕留めてキャンディにプレゼントする」という話で盛り上がっている。
親族も沢山集まると聞かされ、いよいよ緊張してくる。
「エスコートは我々にお任せを!」
三人のナイトは姫君を取り囲むと優しく言ってくれた。
部屋に戻り、メイドに身支度をしてもらう。
ふと窓辺に目をやると、花瓶の中のスイートキャンディは今日の日を祝うように誇らしげに咲いている。
「夕べと同じだわ。何度見ても本当に奇麗!私だけのスイートキャンディ。アンソニーがくれたバラ・・・大好きなバラ」
独り言のようにつぶやき、キャンディは幸せそうに目を細めた。
角笛が鳴り響く中、アードレー家の正装をしたキャンディは、三銃士にエスコートされて一族の中を馬でゆっくり進んでいく。
ガチガチに緊張しているところをアンソニーたちに護られて勇気を奮い起こす。
中央にしつらえられた壇上に上がると、冷たい視線を浴びせるエルロイに紹介されて一族の前で挨拶した。
急ごしらえの自己紹介にしては、なかなかうまくいったろう。
「上出来だ。いい挨拶だったよ」とアンソニーにお墨付きをもらってホッとする。
その瞬間、合図の角笛が大きく鳴り響き、きつねを駆り立てるために多くの猟犬が放たれた。
馬が勢いよく駆け出す。
いよいよ狩りが始まった!
誰もが急いた気分になる中、キャンディは落胆を隠せず、独り言のようにつぶやく。
「大おじ様、来てなかった」
その様子に気づいたアンソニーが優しく尋ねる。
「キャンディ、どうしたんだい?」
「大おじ様が・・・」
「ああ来てなかったね。忙しい人らしいからがっかりしないで」
それにステアも加勢する。
「僕らだってまだ一度も会ってないんだ。でもそのうち会えるよ」
アーチーもそっとうなずく。
それで元気を取り戻したキャンディはやっと笑顔になった。
「それより僕が一番大きいきつねを仕留めて君に捧げる。そうしたらこのあとのガーデンパーティーで僕のお相手を頼むよ」
ステアがウィンクするとアーチーは笑いながら兄に挑む。
「なんの!ダンスのお相手は僕さ。見事なきつねを仕留めてみせるよ」
兄弟は互いに一歩も譲らず、「よーし競争だ!」「おう!望むところだ」と張り合ったまま、勢いよく馬をスタートさせた。
二人の背を見送りながらアンソニーが微笑みかける。
「キャンディ、僕らも行こう」
「ええ」と微笑んでついていこうとすると、こちらをキッと睨んでいるイライザに行く手を阻まれた。
「あちらにきつねがいそうよ。ご一緒しましょう」
猫だね声を出して誘う彼女を、アンソニーはきっぱり退ける。
「悪いけど僕はキャンディス嬢のエスコートをするんだ。きつね狩りは初めてだろ。いろいろ教えてあげなきゃね」
そう聞いた途端、イライザは激怒した。
(またキャンディなの!そんな卑しい子のどこがいいんだか)
憎々しげにキャンディを睨みつけると、「せいぜい落馬しないようにね」と捨て台詞を吐いて馬に鞭をくれる。
すると木から何匹もの毛虫が垂れ下がり、目の前でブラ~ンと揺れた。
びっくり仰天の馬はヒヒーンといななき、キャアキャアキャアと泣きわめくイライザを乗せたまま、一目散にどこかへ駆け出してしまった。
唖然とするキャンディ。
その様子をおかしそうに笑って見ていたアンソニーだが、彼の青い瞳には、もうイライザなど全く映ってはいなかった。
自慢の秘密の場所にキャンディを誘いたくてたまらないのだ。
ズダーンという銃の音とワンワンいう犬の鳴き声が騒々しく聞こえてくる。
「キャンディ、こっちだよ、行こう。去年見つけたとっておきのところがあるんだ。大きな古ぎつねの穴だよ」
途端にキャンディの顔が輝く。
「ホント?優勝は決まったようなものね」
アンソニーはウィンクで応える。
そして二人は、大勢の人々がきつねを追いつめているのとは反対方向へ馬を進めていく。
銃声や犬の声が徐々に遠くなっていくのと同時に、目の前に広い草原が広がってくる。
あたりに人影は見えない。
今ここにいるのは、アンソニーとキャンディの二人だけ。
秋の風が頬をそっと撫で、懐かしい草の香りが胸をくすぐる。
キャンディは嬉しそうに弾む声を出した。
「アンソニー!この丘素敵だわ!ポニーの丘みたい」
そんな彼女の横顔を、サファイアブルーの優しい瞳が見つめている。
「その丘には、君の小さい頃からの思い出がぎっしりとつまってるんだろうね。駆けて・・・はねて・・・笑って・・・」
「すべって・・・転んで・・・すりむいて・・・」
懐かしそうにキャンディが付け足す。
「いつも何かいたずらをしてたわ。ポニー先生やレイン先生に追いかけられて・・・。ポニーの丘とポニーの家は私のふるさとよ」
きっと幼かった日々を思い描いているのだろう。
あまりに幸せそうな顔を見ていたら、少しだけ悔しくなった。
(君の思い出の中に、僕がちょっとでも存在できたら良かったのにな)
時を戻して幼い日のキャンディと会うことは出来ないが、これからの時を共有することなら出来る。
その思いは、ごく自然に言葉になった。
「今度行こうか、二人で・・・。君の育った場所を見たい」
「ホント?アンソニーもきっとポニー先生とレイン先生を気に入るわ。約束よ。きっと行くわよね」
思わぬ提案に興奮しすぎて、キャンディは馬の背に乗っているのを忘れてしまったようだ。
思い切り身を乗り出し、抱きつかんばかりに自分のほうへ腕を伸ばしてくるのを、「おっと!」と言いながら片手で止めてやる。
「馬から落ちるよ」
優しい笑顔で言ったあと、アンソニーはキャンディの真横に並んだ。
桜色の柔らかい頬に、自分の唇をそっと寄せる。
それはとても淡く、綿菓子のように甘いキス。
キャンディは夢見心地になって目をキラキラさせた。
「約束するよ。君と一緒にポニーの丘を駆け上ろう」
キスされた恥ずかしさとアンソニーの約束が嬉しかったのと両方で、キャンディはしばらく声も出せず、目の前にあるサファイアの瞳を眩しそうに見つめた。
それからしばらくして、「行こうか」という声に誘われ、アンソニーの馬のあとを静かについていった。
やがて目の前に、馬が飛び越えるための障害が現れた。
少し前を行くアンソニーの馬が、せわしなく脚を動かす。
どうしたのだろうと思って近づいていくと「先に行ってて。馬がとびたがってる」というアンソニーの声。
思いもよらない言葉に驚き、「馬ってとぶの?」と不思議そうな顔をするキャンディ。
カッカッカッと尚も脚を踏み鳴らすアンソニーの馬。
次の瞬間、馬は勢いよく駆け出して障害を高く飛び越えた。
手綱を巧みに操るアンソニーは慣れた態勢で着地すると、きょとんと見ている緑の瞳に優しく微笑む。
待ちきれない様子で、「アンソニー、素敵よ。素敵だわ!私もとびたい」とねだる。
「お転婆さん、まだ無理だよ」
「だってとんでるアンソニー、とっても男らしくて素敵だった」
「キャンディがとんだら、とっても女らしくて素敵になるかな」
からかわれるように言われたら、キャンディの頬はたちまち真っ赤に染まった。
そのあとアンソニーは急に真顔になり、確かめるような口調でゆっくり切り出す。
「ねえキャンディ、丘の上の王子様のことだけど、本当に僕にそっくりなんだね」
「え、ええ、どうしたの?急に」
思ってもみない質問が飛び出したので、少しまごついたように答える。
「いや・・・心当たりがあるんだ」
「ホント?王子様が誰だかわかるの?」
アンソニーの意外な言葉に喜びを隠しきれない。
「僕の小さかった頃・・・いつも緑色の目のママのそばに立ってた少年・・・あの少年はきっと・・・」
その瞬間だ。
すぐ近くでガサッという大きな音がした。
追い立てられたきつねが、くさむらに逃げ込んできたに違いない。
キャンディにははっきり見えたらしく、「きつねだわ!すごく大きい」という興奮気味の声が、あたりの空気を揺らした。
「君のえりまきだ!僕の腕前を見てて!」
一目散に逃げていくきつねの後ろ姿をはっきりとらえたアンソニーは、自慢げにヒュッと指笛を鳴らす。
勇み立つ愛馬に、猟犬たちのワンワンという吠え声が加わって緊張した風を巻き起こす。
「アンソニー頑張って!」
満面の笑みで声援を送るキャンディ。
笑顔で応えるアンソニー。
その表情は誇らしげで自信に満ちている。
猟犬たちに左右を挟まれ、アンソニーは緑の森を愛馬で駆けていく。
ワンワンというけたたましい声の先には、先ほどの大きなきつねの姿が見える。
どんどん追いつめていくアンソニー。
見守るキャンディとの距離はみるみるうちに広がっていく。
馬に鞭をくれながら彼は考えていたに違いない。
とびきりのきつねを仕留めてキャンディに捧げるんだ。
きっと待ちきれずに抱きついてくるだろう。
そうしたら両手を広げてきつく抱きしめよう。
今夜のガーデンパーティーでは彼女を独り占めにする。
ステアにもアーチーにも絶対譲らない。
誰が邪魔しようが、今日キャンディは僕だけのもの!
だが目の前に迫ったきつねの罠が視界に入った瞬間、彼の顔は蒼白になり、すべての夢想は吹き飛んだ。
「ヒヒーン」
罠に足を取られた馬が大きく体をのけぞらせ、苦しげな声を上げた。
同時にアンソニーは馬の背から振り落とされ、まっさかさまに地面へ落ちていく。
まるでスローモーションのように。
「アンソニー!!」
絶叫したキャンディはそのまま気絶して何も分からなくなってしまった。
どのくらい経っただろう。誰かの気配がして目が覚めた。
あたりから柔らかい草の香りがする。そして頬を撫でる心地良い秋風。
どうやら戸外らしい。
今までどこで何をしていたのか思い出せず、キャンディは不安に襲われた。
「ここはどこかしら?私・・・一体何をしてたの」
記憶を辿ろうとしたその瞬間だ。真上から聞き慣れた声が降ってきた。
それは限りなく優しく、チョコレートのようにとろけそうな甘い音色。
「やっと気づいたんだね」
声を聞いた途端、真綿で包まれたような安堵感を覚え、思わず涙が出そうになった。
「ずっと目を覚まさないから心配したんだ。助けを呼ぼうにも、僕は足に怪我しちゃって思うように動けないし。だからこうして君のそばに座ってるしかなくて・・・」
言い終わるか終わらないかのうちだった。
キャンディは夢中で起き上がり、目の前にいる大切な人にしがみついた。
「思い出したわ!あなたはついさっき落馬したのよ。倒れたまま動かないから、私、心配で心配で。でも大丈夫なのね?」
あまりの取り乱しように驚いたのは彼のほうだ。
「勿論大丈夫さ。足をくじいたみたいだけど、このくらいなんてことないよ」
微笑んでウィンクすると、キャンディは半泣きで更に強くしがみついた。
「ああ、アンソニー。良かった!生きてるわ。生きてるのよね?」
「当たり前さ。君を置いて僕一人だけ死ねると思う?」
安心させようと冗談半分に言ってみたが、キャンディは相変わらず腕にしがみついたまま小刻みに震えている。
涙が止まらないらしい。
「そんなに心配させちゃったんだ。ごめん」
キャンディは黙ったまま必死で頭を左右に振り、僅かだが顔を上げてアンソニーを見つめた。
エメラルドの瞳に涙が溢れている。
こんなにも自分を思ってくれている少女が益々愛おしくなり、アンソニーはキャンディを包み込むように抱きしめた。
「もう泣かなくていいよ。僕は大丈夫だから。これからもずっと君のそばにいる。約束するよ」
「ホント?」
「ホントさ。大人になっても、おじさんになっても、おじいちゃんになっても・・・生きてる限りキャンディのそばにいる。もし迷惑でなければ」
それは精一杯のプロポーズだった。
本当のところ、おじいちゃんになった姿など想像も出来ないくらい遠い未来の話だし、実際自分の身に何が起こるのか、何を勉強してどんな職業に就くのか見当もつかないけれど、傍らにはいつもキャンディがいる――それだけは確信していた。
「迷惑でなければ僕がナイトになるよ。君がおばあちゃんになっても」
もう一度繰り返されたアンソニーの強い言葉。
キャンディは嬉しさのあまり、大きくうなずくことしか出来なかった。
心の中で何度も何度も叫びながら。
(迷惑だなんて!アンソニーしかいないわ。あなた以外の人と歩く未来なんて考えられない。だから私こそ言わなくちゃいけないの。迷惑でなければずっとそばにいさせてって)
互いの想いが分かって安心した途端、急に照れ臭くなった。
頬を紅潮させながら手を取り合う。
二人ともさっきからずっと地面に座ったままだった。
どうやらアンソニーは落馬したとき全身を強く打ったらしく、肩も背中も腕も手首も足も、いたるところがズキズキと痛んだ。
さっきは気持ちが高ぶっていたからすっかり忘れていたが、今になって体のあちこちが悲鳴を上げ始めたらしい。
とにかく痛い。
こんなざまでは、今夜のガーデンパーティーではキャンディと踊ることなど到底無理だろう。
それどころか今この瞬間、自力で立ち上がることさえ出来そうになかった。
「やれやれ、ガーデンパーティーではステアとアーチーにしてやられるな」
アンソニーが独り言のようにぼやくと、キャンディは火がついたように反論する。
「そんな体でパーティーだなんて無理に決まってるでしょ?生きて返してくださっただけでも、神様に感謝しなくちゃ。それをパーティーだなんて!」
おかんむりのキャンディをなだめるように、「君の言うとおりだね。確かに神様に感謝しなくちゃいけないな。明日という日を僕に与えてくださって」とアンソニーは言う。
「だけど僕は悔しいんだ。だってパーティーでは今夜こそ君を独り占め・・・いや、キャンディにダンスの相手を申し込もうと思ってたのに。これじゃあパートナーはステアとアーチーで決まりだ。僕の出る幕はないよ」
そこまで聞いてキャンディは情けなくなってしまった。
「呆れた人・・・」――そう言ったきりあとは言葉にならない。
口をあんぐり開けたまま恨めしそうにアンソニーを見つめるだけ。
彼女がなぜ呆れているのか理由が分からず、アンソニーは困惑した顔で見つめ返す。
「あなたがこんな怪我をしてるのに、私が呑気にパーティーに出るとでも思ってるの」
「え?」
「今日はずっとあなたのそばについてるわ。大おば様に怒られてもイライザやニールに邪魔されても絶対離れない」
きっぱり言い切ったキャンディ。
それは事実上の「告白」だったが、それに気づかないほどキャンディは夢中だった。
アンソニーが心配で仕方なかった。
そんなことをしているうち、少し離れたところから人の声が聞こえた気がした。
二、三人だろうか、男性らしい。
誰かがやってくる、漸く助けてもらえると安堵すると、声の主がはっきりした。
それはとても聞き慣れた声。ステアとアーチーだ。
アンソニーとキャンディはほぼ同時に「ああ良かった!」と喜びの声を上げる。
「ステア~、アーチー、ここよ!ここにいるわ」
キャンディが更に大きな声を上げると、二人とも気づいて血相を変えて飛んできた。
「一体どうしたんだ?いつまでたっても帰ってこないからみんな大騒ぎだぜ。大おば様は『アンソニーに万が一のことがあったらどうしましょう』って言ったきり、ショックで気を失っちゃってさ」
アーチーがまくしたてると、アンソニーもキャンディも「えっ、大おば様が!?」と顔を見合わせ、言葉に詰まってしまった。
「まあ落ち着け、アーチー。二人とも無事だったんだからそれでいいじゃないか」
弟をなだめるステアは努めて穏やかに笑っていたが、それでも眼鏡の奥の褐色の瞳は、いつもよりずっと引きつって見えた。
それからしばらく申し開きの時間が流れた。
心配かけて悪かったとアンソニーは平謝りし、どうしてこんなことになったのか言葉短く説明した。
その間、キャンディは終始アンソニーを気づかい、立てずに座ったままの彼が少しでも楽になるよう、ずっと背中を支えていた。
彼女の目はまっすぐアンソニーだけを見つめ、ステアとアーチーに向けらるのはほんの短い瞬間だけ。
兄弟は否が応にもそれに気づかざるを得なく、キャンディが誰を思っているのか、彼女にとって一番大切な人は誰なのかを、この事故ではっきり知ってしまった。
「アーチー、今日という今日は認めなきゃいけないな。あの二人は本物だ。たとえガーデンパーティーでキャンディと踊り明かしたって、彼女の気持ちは変わらないだろう」
「同感だね。悔しいけど僕も認めるよ。それにアンソニーがあのざまだ。きっとキャンディはパーティーには出ないだろうぜ」
助けを呼ぶために二人を残して出発した兄弟は、どちらからともなくアンソニーとキャンディのことを持ち出し、肩をすぼめて互いを見やった。
だが悔しい気はしなかった。
それほど自然に二人の仲を受け入れられたことが不思議に思えた。
ステアとアーチーが、エルロイたちが控えるテントハウスへ行ってしまったあと、アンソニーとキャンディはまた二人きりになった。
日没が迫り、西日を受けて茜色に染まる草原が目の前に広がっている。
吹き抜ける風でサワサワ揺れる背の高い草の中で、アンソニーはそっとつぶやいた。
「僕の怪我が治ったら約束どおり一緒に行こうね」
唐突の申し出に戸惑ったのか「どこへ?」とキャンディは聞き返す。
「ポニーの丘だよ」
それを聞いた途端、嬉しさでいっぱいになり、キャンディは愛する人に飛びついた。
たった今足を大怪我したことも忘れてしまうほど興奮して。
「ホント?ホントに行ってくれるの?」
いきなり抱きつかれて悪い気はしなかったが、やはり痛みは我慢できず、アンソニーは思わず「ウッ」とうめき声を漏らす。
「喜んでくれるのはとても嬉しいんだけど、ちょっとだけお手柔らかに頼むよ。だって僕の足・・・ほら、このとおりだから」
苦笑いする彼を見てやっと我に返ったキャンディは、真っ赤になりながらひたすら謝る。
「まあいやだ、私ったら!嬉しすぎてつい・・・」
恥ずかしさに耐えきれずに下を向く彼女を見て、なんて可愛いんだろうとアンソニーは思った。