昔、私が子供だった頃にもシール交換とか可愛いティッシュの交換など、色々なコミュニケーションのアイテムはあったような気はします。
しかし今、感性がおばさんになってしまったからなのか、個人的な価値観の問題なのか分からないけど、娘を見ているとシール交換のシールが「高価い
」「シール帳が分厚い
」「被りとかあったらどうするの?
」
と色々と思ってしまいます。
先日、シールの購入で長蛇の列を作っていたのも見て「そこまでしなきゃダメなの!?
」と驚きました。
娘がパパとの面会日にどこまで行ってきたのか知りませんが、娘が沢山のシールを買って帰ってきたそうで、財布の中を見たらほぼ空になっていて、お小遣い全部つぎ込んだみたいだと母から聞きました。(私は娘の帰宅時に必要に迫られた買い物に行っていたので、帰宅時の様子を知りませんでした。)
娘のお小遣いなので、使い道をとやかく言うのもどうかと思う半面、お金のありがたみを知らないままシールを買い漁り「お金が無いから今月のお小遣い早く頂戴!」と言われると腹が立ちます。
「誕生日にはパパにラブブ人形を買ってもらう約束したんだ
」と言っていましたが、
私にはラブブ人形のどこが可愛いのか、正直なところ分かりません。
なんだか指しゃぶりを卒業して少し成長したモンチッチが、素行不良な事ばかりして悪い顔になったように見え、どこか娘に似た表情が好きになれません。
母もラブブ人形を知らなかったので、写真を検索して見せたら「あら、ユキ(娘)そっくりじゃない」と私が感じていた事と似た事を言っていました。
「流行遅れになっても大切に扱えるの?」と娘に訊くと「流行なんて関係ないもん!」と答えていましたが、我が家には既に忘れられている沢山のぬいぐるみがあります。
私と娘では、生まれた時代も、時代的な価値観や個人的な価値観も違う中で、コミュニティに属して生きていくのだから多少のズレが生じるのは仕方ないけど、「これで良いのかなぁ?」と思う事が成長するにつれて、これから先もっと増えていくと思うと、多少滅入りますが、両親にも沢山の心配のタネを撒き散らしながら成長してきた事に、少しだけ反省と感謝が湧きました。