歴史を学ぶというのは、なかなか人には理解されない私のいわば一つの趣味である。過去のことになど囚われないで前だけを見ろ-このように人に言われることもある。それも1つの価値観なのだからそれを否定はできない。だが私は、歴史を学ぶということは、いわば人生観をより豊かなものへと昇華させていく為の手段であると考えている。温故知新-この言葉がすべてを表していると思う。未来のことは誰にも分らぬが、過去のことは指先で地図をなぞるように辿ることができる。その地図が示す未来への指針。その方角は人によりさまざまではあるが、向かおうとする到達点は皆一致している。後述する吉田松陰の言葉を借りれば、「知は人たる所以を学ぶなり。」-



幕末というと、一般的には江戸幕府の終わりごろ、200余年続いた徳川時代の終焉の時のことを指す。簡単に言えば古い体制とそれを守ろうとする者、そして新たな時代を開拓しようとする者たちによる騒乱の時代である。結果として討幕派が江戸幕府を打ち倒し、日本は天皇を中心に据えた明治時代へと進んでいく。

そんな幕末を代表する人物として、誰もが知るであろう坂本龍馬がいる。彼は土佐藩に生まれ、海援隊を立ち上げるなどの功績を残した後に絶対に無理だと思われた薩長同盟を実現させ、討幕運動の立役者となった偉大なる人物だ。志半ばで凶刃に倒れてしまうが、彼の遺した功績、当時日本では最先端であった拳銃を愛用するなどのその革新的な行動理念は凄まじく、今現在も最も尊敬する偉人といてその名を挙げる人も多い。

そんな坂本龍馬とも因縁浅からぬ人物であり、幕末において私が最も敬愛するのが吉田松陰だ。長州藩に生まれ、アヘン戦争で清が西洋列強に敗れたことやペリー来航により、西洋の先進的な文明に心を打たれた彼は、鎖国による他文明の排斥を行う江戸幕府は日本にとっての障害であると考え討幕を決意し、松下村塾と言われる学び舎を立ち上げ、高杉晋作や伊藤博文などの面々に「何かを学ぶだけではなく、それを実行しないことには意味がない」との信念のもと教育を行う。結局彼は危険な思想の持ち主だということで幕府により処刑されてしまうが、彼の遺した意志を引き継いだ者たちにより彼の悲願は達成されることになる。彼の辞世の句「身はたとひ 武蔵の野辺に 朽ちぬとも 留め置かまし 大和魂」(=たとえ私が死んでも、私の意志は国憂う者により引き継がれていくだろう)が、そんな彼の生き方を表していると思う。



彼が数多く残した言葉の中で、私が最も好きな言葉が「親思ふ こころにまさる 親心」だ。そのままだが、「自分が親を思う気持ちより、親が自分に対して思う気持ちの方が強い。」という意味だ。私は大学に入り家族から離れてみて、改めて親の有難みや家族が自分にとってどのくらい大事な存在なのかを認識した。私はこの言葉を思い出すたび、そんな気持ちを抱いた理由がこの言葉にすべて込められているのだなと感じる。






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