昨今、『毒親』という言葉が当たり前になりましたが、わたしの時代にはそのような言葉は存在しなく、ひたすら親の言うことは正しいのだという世界線であり、そこから逸脱するものは『親不孝者』扱いでした。

長く長くその世界線でわたしはもがき続けました。

50年も。


両親の最初の記憶は、わたしが3歳。

父が罵声を浴びせながら、黒電話で母を殴りつけている場面からはじまります。