北九州市小倉に、「八坂神社」という神社があります。
今から400年前、小倉藩主だった細川忠興公が、古くから地元にあった祇園社の祭神をお祀りし、大きな祇園社を建立しました。
これが、小倉の八坂神社の起源です。

京都出身だった細川忠興公は、京都の祇園祭を模して小倉の祇園祭を始められました。
小倉藩主が細川氏から小笠原氏に代わってからも、明治以降になってからも祇園祭は連綿と続いて来ました。

私も子どもの頃は毎年祇園祭を見に行っていましたが、小倉を離れてからはなかなか見に行くことができませんでした。
でも今年は、小倉の八坂神社の創建400年という大きな節目でしたので、ぜひ見たいと思い帰省しました。

7月14日~16日に開催された小倉祇園祭のことを、何回かに分けてご紹介します。
まずは、14日に行われた「神幸祭」のことから。

◆◇◆◇◆

京都の祇園祭といえば山鉾巡行を思い浮かべる方が多いと思いますが、神事の一環として御神輿の渡御(神幸祭)も執り行われています。

小倉の祇園祭でも同様に、神幸祭が執り行われます。

八坂神社社殿で神事が行われ、社殿から御神輿に神様が遷された後、氏子町内を巡行し「御旅所」にお祀りされます。

イメージ 2

↑社殿の前に据えられた御神輿(神山)。まだ神様が遷される前の状態です。
警蹕(けいひつ)の声とともに神様が遷された後、神職や仕丁の方々によって神山の周りに御幣が立てられました。

イメージ 1

↑神幸祭の列

イメージ 3

↑露払い、先導、猿田彦、獅子舞

イメージ 4

↑祇園太鼓の山車

イメージ 5

↑祇園太鼓の山車

イメージ 6

↑威儀物

イメージ 7

↑神山(御神輿)

イメージ 8

↑八坂神社の宮司さん

イメージ 9

↑旧小倉藩主小笠原家(嫡流)33代当主・小笠原長雅さん。小笠原家茶道古流の家元をつとめておられます。

イメージ 10

↑出雲の大原神主神楽

イメージ 11

↑御旅所に到着された神山

翌日、御神輿が「御旅所」を出発して八坂神社にお戻りになる「還幸祭」が執り行われました。

次の記事では、小倉祇園祭の目玉行事「祇園太鼓」のことについてご紹介します。