先日、五條市島野町にある島野代官所跡地に
記念碑と説明板が建立され、その除幕式が行われましたが、
今日の奈良新聞11面にそのことが大きく取り上げられています。
奈良新聞の記事によりますと
宇智郡5カ村は明治維新まで旗本・船越家の領地で、
地域の庄屋だった髙島家が御用場(代官所)の役目を果たしていたそうです。
天忠組が五條の桜時に本陣を置いた時に
天忠組に関連し、それぞれ姻戚関係である
髙島家・名迫家・榎本家三家が力を合わせられて今回の記念碑建立に至ったそうです。
榎本家からは6代目当主泰久氏の母親で、
昭和10年に高島家から榎本家に嫁がれた昌子さん(99歳)も
お元気な姿で式典に参加されていました。
御所市戸毛で医院を営む榎本家は、
天忠組が高取城を攻めた時に負傷した総裁吉村寅太郎の傷を治療した
榎本住さんの家に当たられます。
その当主である榎本泰久氏が挨拶をされています。
和歌山県富貴の庄屋だった名迫家も天忠組に物資などを支援していましたが
天忠組と紀州藩との戦闘のあおりを受け焼き討ちをされてしまいます。
このように姻戚関係であり、それぞれに天忠組と関わりを持っている三家が
髙島家の屋敷跡に
「髙島家・島野代官所跡」の記念碑を建てられたのでした。
















