2月27日は母の命日。 ゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚
もう、あれから9年たったんだなあ。

母が突然亡くなった時は食事も減退。言葉に表せない空虚感と脱力感。ただただ家族の洗濯や食事を事務的にしてただけ。
でも自分がすることがあるのが「うつ」になりそうな精神を抑えたんだと私は思う。
この時ほどダンナや娘たちがいてくれて助かったと思う。

そして友人たち。
食事に誘ってくれた友人たちは慰めの言葉よりも楽しい話しをしてくれた。何だかちゃんと笑って会話した気がして。 (*^.^*)
他の友人は母の思い出を一緒に話してくれた。



車で1時間半の実家が遠く感じた日。

今でも思い出すと胸がキュッとなる。

あの時、自分から泣けなくて娘や親戚や弟夫婦の号泣に他人事のように見てた自分。
『ここは泣いたほうがいいのかな』とか『ここは笑ってたらだめかな』とか『ここは悲しい顔してなきゃだめかな』とか演出しようとしてた自分。

きっと身近すぎて「死んだ」という事実に正面から向けなかったんだと思う。


あの時ちゃんと泣かないと精神的にやばかったかもしれないわ。

火葬場で母が燃やされた時、やっと「もう本当にいない。会えない。」と心がいっぱいになった時、そばにダンナがいた。
ダンナにしがみついて泣いた。周りなんて関係なかったわ。

泣いたあと。
事実を直視してしまった空虚感と・・・変な達成感。


やっぱり人間はつらい悲しい時はちゃんと泣かないと前に進めないと実感したわ。



あれから9年。62歳で母の年齢は止まり、42歳だった私は51歳。
62歳まで後11年。

母は旅行が好きだった。
「会津に行こうか?」
いつだったか忘れたけど…そう言ってたことがあったなあ。

昨年末、ダンナが「喜多方ラーメン食べたいな」発言で会津に行く事にしたけど・・・
そうだ、母がまた行きたがったのかなって思った。

ちょうど今月の27日に行く。月命日だ。

楽しく無事に行けたら良いなあ。車(セダン)ダッシュ(走り出す様)

「北海道に従兄弟がいる」とも言ってた。
函館五稜郭は死ぬ前に1度は行きたい、でも、、、娘と一緒も良いけど。
やっぱりダンナとも行きたい。ダンナも「五稜郭は見てみたいな。行った事ないからな」と言ってる。NHK大河「新撰組」のDVDを観た時に五稜郭の事が出てたから。

まさか2度も行くのは・・・
でも娘は父とは行きたくないらしい。
困った。ダンナはそんなに娘に嫌がられてるとは思ってないだろう。 ε=(。・д・。)
「またラーメン食べたいなるんるん」・・・喜多方に続いて札幌?函館?

困った、困った。(・_・ 三・_・)
まだ娘が函館に旅行を計画中とは言ってないけど・・・



とりあえず会津だよね~~~~ε=ε=ε= ヾ(*~▽~)ノ