こんにちは。
みっこ、54才です。
私は毒親に育てられたため
自己肯定感がめちゃくちゃ低かった
で、そこをカバーして、
自分の身を守るために
鎧をまとうように
勉強したり
資格とったり
仕事の能力あげたり
起業したり
してきたので、
本当の自分の気持ちにアクセスするのが
むちゃくちゃ難しい
下手に「賢い」ので
自分の身を守るために
理屈をこねるのがうまかったのも
裏目に出たね
防御完璧すぎ
自分で話をややこしくして
自分で訳がわからなくなる
自分で自分を大切にしていないから
人にも大切にされないようになってしまった
これって
心理学とかスピリチュアルでよく言われるよね
そうなんだろうな、とはよくわかる
でもね
小学校低学年の時には
もう「人生こんなにしんどいなら死にたい」
って思ってたくらいだから
自分で自分を大切にする
って感覚がまったくわからなかったんだ
自分で自分を大切にするっていうのは
せいぜい
今まで頑張って生きてきた自分を
褒めてあげる
が精一杯
でもそしたら
褒めてあげたり認めてあげられるのは
ありのままの自分ではなく
必死でがんばってきた自分でしかなくて
だから
自分の「存在」そのものを認めるなんてできないんだよね
で、そんな風に育ったわたしは
モラ夫くんと19才で出会い、24才で結婚
モラ夫くんは
昭和初期の家父長制が色濃く残る田舎で生まれ育ち
お父さんを早くに亡くした長男だったため
中学生の時から「家長」として生きてきた
モラ夫くんの実家の近所では
今だに、長男夫婦は親との同居が一般的
そんな価値観の中でどっぷり育ったモラ夫くんは
それ以外の文化を理解することができない
彼の判断は一択
「俺以外の価値観はおかしい」
彼は良くも悪くも単純だった
私はその単純さに安心した
その考えには賛同できないけれど
でも単純だからわかりやすい
毒母は機嫌がころころ変わる人だった
機嫌がいいかと思うと
次の瞬間、鬼になり
私は常に気を張って生きてきた
気を緩めると、刺される、やられる
モラ夫くんは少なくとも
その心配からは私を解放してくれた
結婚して25年、
私は「良き妻、良き母」として
がんばった
パートしながら、
家事育児すべてそつなくこなし
「家長」としての夫を敬い
私もそんな頑張る私を気に入っていた
モラ夫くんは単純明快
彼の価値観に沿って
立ち居振舞えば、
まったく何の問題もなかった
彼の価値観にあわせるふりをするなんて
毒母のもとでサバイバルしてきた私には
ちょろすぎた
ジャングルで生き延びてきた私には
そこはのんびりおだやかな陽だまりのように感じられた
でもそんな偽りの25年が過ぎたある日、
過労で、お風呂で立てなくなった
んで、よぎった思い
「あ、このまま頑張り続けたら死ぬな」
そこから私は25年間続けてきた
生き方の「嘘」に気付いてしまい、
3年前に「離婚」を口走ったわけです
