私の人生、今年の3月で49年、所謂アラフィフである。
歳はとるけど精神年齢が低すぎるのが身に染みて分かる。
大人として、50間近の男として落ち着いた物の考え方が出来れば良いのだが、
子供じみた発想になってしまう。
老後の支度よりもまだあれこれと夢や欲望を抱いてしまう。
結婚経験無しの独身だから生活苦を知らないから、
ちゃらんぽらんな事を考えるのだろう。
今の夢はお金を貯めてアメリカはニューオリンズへ行き
ブルースを聴きながら、マルディグラを一目みて人生の最期は
ミシシッピ川の川辺でウイスキーを飲みながらそのまま命を終わらせたい、
これが最大の夢である。
その一方、老人ホームの事も考えてしまうからどっちになるかは分からないが、
哀れな無駄死にだけはしたくない。
大学を卒業して楽器店に就職しおよそ18年勤めた。
店長まで任せていただいて、それなりに羽振りも良かったのだが、
40歳の頃、内勤に変わりそこから精神的不調の為退職した。
その後は飲食店で勤めたりし、今は医療機器メーカーで勤務している。
やはり我が人生の半分以上は酒に頼っていたライフワークだった。
20歳から飲み始めたとしても25年以上は仕事終わりの酒!の毎日だった。
飲食店で勤務する時くらいから酒の飲み方がおかしくなっていたと、
今更ながら感じてしまう。
シフト制で早番、遅番と分かれる。
早番は朝5時30分から昼の1時30分の勤務。
遅番は昼の12時から晩の9時まで。
それをシフトでまわして行く。
早番の時、昼の1時30分には仕事が終わるから、そこから直ぐコンビニへ行き
ビールを飲んでいた。仕事上がりの日中の酒は格別に美味かった。
それが機に日中でも平気で酒を飲むようになった。
やがて飲食店を辞め、2~3年程、障碍者就労支援a型でお世話になっていた。
40歳から発病したうつ病、飲食店の時原因不明の半月板損傷の手術の治療もあり
その作業所で働くことにした。
その時に市の相談員に、あなたはアルコール依存症の可能性がありますねと
指摘されアルコールに対する考え方が少しずつ変わっていった。
とは云うものの、理解はしてるつもりでも素直に受け入れられなかったりして
アルコールが遠ざかることはなかった。
アルコール依存症と指摘され専門医にもかかるが、なかなか酒は止まらなかった。
仕事している以外の時間はずっとアルコールに浸っていた。
絶えず飲んでいた。
もうこれではダメだと思う時があった。
いざそうなっても酒を欠かすことが出来なくなっていた。
やめたいけど止めれない精神状態に陥っていた。
そして主治医にお願いしてアルコール専門の病院へ入院することになった。
入院期間は三か月。その間みっちりとアルコールの怖さについて教えられる。
三か月の後の退院後は完全にアルコールに対する考え方が変わってしまっていた。
自助グループにも参加しつつアルコールと人生論など小難しく考えながら、
飲まない生活を送るようになる。
そこが自分にとってのターニングポイントのように思える。
酒は飲まなくなるが、飲みたい気持ちが突如現れる。
それがアルコール依存症である中毒である。
自助グループへ参加する事で普段考えもしない事を真剣に考えたり、
酒に頼らない生活がどれだけ楽で楽しいかを徐々に実感と湧いてくる。
「たられば」になるが、もし20代から酒の無い生活を送っていたら
今は今以上に安定した日々を送れてたのかもしれない。
逆に今も欠かさずに飲み続けている人生だったら、
今以上に悲惨な状態になっていたのかも知れない。
今は自分一人が暮らしていけるだけの収入しかないが、
苦し紛れでも何とか余裕のある生活を送ることが出来ている。
朝から晩まで汗かいてヘトヘトになるまで働いて、
でもそこから、酒に頼らず日々を過ごせている事が奇跡の様に思える。
ほんの少し贅沢もして、
本当にアメリカはニューオリンズで余生をおくれたら幸せだろうなと思う。
その為にも素面でシャキッと労働に精を出して頑張らなければ。
