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Anon.のブログ

いずれ闇に消えるものなら
夢や記憶の欠片を拾い集めて
その色彩をガラス玉にどろりと流して
トンボ玉をいくつもつくろう

古い高層ホテルの最上階からエレベーターに飛び乗る。エレベーターの箱は十畳ほどの広さがあり、床に敷き詰められたタペストリの上に十二、三人ほどの乗客が仰向けに横たわっている。乗客の国籍は区々であり、アメリカ人の若い夫婦もいれば、中国人の家族連れもいる。


床に転がった乗客の間に割り込み、私も仰向けに寝てみる。人いきれで蒸し暑く、何かのスパイスのような香りが鼻をつく。


地上まで直行するエレベーターの箱は、降下というより落下というべき恐るべき速度で落ちて行く。箱の扉はガラス張りであって、各階のエレベーターホールの光景が連続写真のように見える。


向かって左手に南洋風の観葉植物を活けた植木鉢があり、大きな厚ぼったい葉が何枚も舌のように垂れ下がってべろべろと揺れている。ゴムの木に似ているが、葉はもっと大ぶりである。天井に扇風機のプロペラが回転していて、その風を受けて葉が揺れるのだ。


暗い緑色の上に白い葉脈が走る葉の重なりの向こうに旧式の公衆電話があって、こちらに背を向けて電話をかけている人影が見える。


どのフロアのエレベーターホールにも同じ観葉植物と公衆電話があって、同じ人影がいる。エレベーターが降下するのに伴って、ガラス扉の向こうで電話を終えた人影が、こちらに背を向けたまま、葉の蔭からじりじりと迫り出してくるのがパラパラ漫画のように見える。その人影に見覚えがあるような、ないような。


「もうすぐ地上に着地します。そのままでは舌を噛みますよ」


隣に寝転んでいたオランダ人旅行者が私の肩をつついて注意を促した。


私はタペストリを敷き詰めた床に横たわったまま、耳をふさいで固く目を閉じ、落下の衝撃で自分の舌を噛み切らないように、舌を口蓋に強く押し付けて、地上への激突の時を待った。


着地のときの衝撃は、恐れたほどのこともなく、ふさいだ耳の奥に遠く衝撃音が響くと同時に、閉じた視界に散乱する大小の星とともに、「どすう~ん」という擬音の文字が鮮やかに映った。


暗い箱の中で身を起こすと、他の乗客たちの黒い影もむくむくと起き上がり始めていた。現地人らしい衣装をまとった少女が、半身を起こしてはにかんだように笑っている。


ガラス扉が左右に開いて、乗客たちがスーツケースを曳いて箱から出て行くのに続いて、私もエレベーターホールに出た。


私はゴムの木に似た観葉植物の蔭にある公衆電話の受話器をとり、空港に向かうためのタクシーを呼び出した。何年か前に、知人が北京で流しのタクシーを拾ったのがあだになって強盗被害に遭ったことがあるので、用心のため、ホテルに出入りしているタクシーに乗ることにしたのだ。


タクシーの手配をして受話器を置き、観葉植物と公衆電話の間の狭い空間をスーツケースを曳きながら横歩きで通り抜けようとしていると、背後で「どすう~ん」という落下音がして、エレベーターのガラス扉が左右に開き、乗客がどやどやとエレベーターホールに出て来る気配がした。