川島なお美さんが亡くなり
北斗晶さんが乳癌の手術のあと治療とたたかっています。

主人は2012年10月頃身体の痛みを訴えて
検査したところ「多発性骨髄腫」と診断されました。
治療方法は化学療法での薬物療法と注射(抗がん剤)でした。これに慣れるために1ヶ月程入院しました。

2013年1月始めに退院し毎日朝昼夜約30種類の薬を飲む生活が始まります。
最初は週2回の通院で血液検査の後、数値が良ければ注射をする。それと薬を飲んでいれば痛みもないし食事も普通に食べることが出来ました。4月位から病院も週1回になり、主人は東京、沖縄出張、広島、鹿児島への車での移動と仕事もこなしていました。

先生からは順調にみえてもいつ何が起きるか解らないので気をつけて生活しなさいと…
2013年の7月.8月は記録的な猛暑でした
それがきっと身体に負担を与えたのでしょうか…
8月のお盆すぎから急に数値が悪くなり、注射NGの日もあり飲み薬の効果もよくなく身体に痛みを感じるようになりました。

このままだと余命が短いと言われました。

主人の体力を診て「造血幹細胞移植」を勧められました。
移植をすることで寿命は少しは長くなるかもしれないと…でも、そのころ中村勘三郎さんがご逝去されたころで…

移植手術後は暫くは副作用で相当な体力を消耗するし今まで通りに自宅での生活が保証されるか解らない…

主人はこれまで同様での治療をすることを決めました。

でも9月に急にその日が来ました。
危篤状態になり駄目かもしれないといわれ
最終手段での治療をすることになりました。
効果がでるかどうかわからないけど
意識朦朧とする主人に承諾してもらい
緊張の中、祈るような思いで…
主人の体力もあり先生も驚くほどの回復力で乗り切ることができたのです。

でも、先生から余命宣告されました。
お正月越せるかなって…

11月始めに退院しました。

緩和ケアの病院も紹介されましたが
自宅がいいということで
主人の体力も落ちていましたが
日常生活も少し介助するだけでしたので、主人の希望に合わせ自宅療養にしました。


これまでの治療は終了し、痛みを緩和する薬のみになります。

でも多少は味覚が変化していましたが
食欲はあり何でも食べることが可能でした。
12月は仕事仲間の支えもあり、
忘年会や旅行も楽しんでました。
年賀状も200枚近く出しました。

お正月も大好きなお雑煮も食べて
主人の運転で近場のランチに出かけたり
買い物したり…


2014年1月9日深夜、心不全になり救急搬送。1週間の入院。
先生から一日一日を大切にしてくださいと告げられました。
はじめて主人の前で号泣しました。

退院して、緩和ケアの病院に行きました。
でも主人はまだ自宅でも大丈夫ということで入院しませんでした。


自宅で主人の友達を呼んでおでんパーティーもしました。
1月27日には会社に行ってお鮨ランチしました。
2月3日は節分で恵方巻きも食べました。
私の作ったご飯も食べました。
夜も一緒にお風呂にも入りました。

何も変わらない一日…

でもその日は来てしまいました。
2月4日突然意識が朦朧となり
病院へ行くことになりました。
2月5日は痛みが治まらずつらい日となりました。

2月6日の朝、緩和病棟が空いたので
移って…下着とパジャマを着替えて
ホッとしたのか気持ちよさそうにしてました。

そして、そのままおだやかな顔で
天国に旅立ちました。

一年半余りの闘病でした。
最後の最期まで好きなものを食べて
仕事をして

余命を告げられても
前を向いていました。

もしかしたら、先生がすすめた幹細胞移植をしたらもう少し側にいてくれたかもしれない。
でも主人が決めて好きな仕事をして
友達と商談を決めて、美味しいもの食べて
それで良かったのかな。
だから亡くなった姿も写真のままの
とても素敵な主人でした。

 
後2.3年働いたらゆっくり海外旅行しようねって話していた矢先の主人の病気。


主人は告知されて少し無口になりました。
あんなに好きだったお笑い番組をみることも少なくなっていました。



私は後悔してることがあります。
2012年10月に告知されて
すぐにネイルサロンをcloseして
主人のことをもっと考えてあげて過ごせば良かったって思っています。
もっと寄り添ってあげたかった…
支えてあげたかった
そしたら主人も安心して
私に甘えられたのかもしれないです。
ごめんね。花さん。役にたたなくて…

久し振りにお月様見ました
一人になって季節を感じることを
忘れていたような気がします

お月様見ても
ねぇ見て~綺麗だよって
隣にいないんだもの汗

もう秋なんだね
虫たちの音色♪が静寂な夜に
響いてきて

なんか

やっぱりさみしいかな…
花さん
お団子買ってきてくれたよね

主人が亡くなり
1年6ヶ月…
主人の会社のこと
相続のこと
心折れながらも
ここまで来ました。

何よりもひとりでいることのさみしさ

2014年2月3日以降
台所に立って料理することが出来なくて

料理下手な私でも
彼に温かい料理を食べてもらいたくて
「うまいよ」言って貰いたくて
一生懸命作ってたから

ひとりで食べるのは辛くて悲しくて
さみしくて…
彼が居ての毎日だったもの
料理下手に戻ってしまった感じ汗



でも音符
最近ご飯を炊いて食べるようになりました。






あ~ダメダメな私
マイナス思考な私

ムカつきます。

気合い入れ直しです。

ここに書くことを思い出したので
胸のうち吐き出して
前に進みたい~


頑張れ私!花さん頑張るからラブラブ