革命家とは?

 

 今自分が幸せかどうかということだけではなく、現状の社会に満足していない人は多くいるのではないでしょうか。私は綺麗な景色や美しい音楽を聴いていると幸せです。美味しいものを食べることも幸せです。でも、もちろん社会に不満もあります。

私は大学生で、奨学金を借りて学校に通っています。自分で通うと決めたことですしその学費を負担するというのは当たり前のことですよね。それについては問題ありません。親の扶養を受けている子どもが一年に扶養内で稼げる額は103万円。私大の一年間の授業料は130万円。学費の方が明らかに多いんですね。これを四年間分。稼いだお金を全て貯めたとしても払えない額ということです。これでは、奨学金を借りないと大学に行けない家庭は大学時代にバイトをするという選択しかなく、学業に完全に打ち込めない上、非常に狭い世界に閉じこもることになってしまうのではないでしょうか。仮にお金を貯めるということをしなかった場合、社会人という新しい人生の始まりで、520万円の借金を背負う。また、金利もある。なんてお先真っ暗な人生なのでしょう。

 

 貧困はいつまでも連鎖してしまうのでしょうね。社会への不満はそれぞれにしても、このままでは良くない、と立ち上がる革命家が現代にもいます。ツイッター、インスタグラム。ユーチューブなどで発信する人もいれば、犯罪に手をそめてしまう人もいます。殺人を肯定するわけではもちろんありませんが、何か目的があり恨みを晴らすために罪を犯してしまった人たちは、ある種の革命家であったのではないかと考えることがあります。実際古来の革命家たちは何人もの人の命を奪っていますしね。

ずっとずっと憎く思っていることがあって、それの原因、または加担者の存在が明確になったとき復讐せざるを得ないのではないでしょうか。命と、人生と引き換えにでもこの"嫌だ"と思ったことをもしかしたら変えるきっかけになれば良いと飛び出してしまったのではないか、なんて風に考えてしまうわけです。何にしても、人様に迷惑をかけてかけて法を犯す事はよろしくないですけどね。しかし、真実を知らない私はニュースを見ていても、加害者に対して一概に批判の目を向けられないわけです。真実は誰にもわかりませんから。

 

 今はありがたいことに、幸せだと生きさせてもらっているこの世界ですが、私も何かをきっかけにやってられない、世界を変えるぞ、と血相を変えることがあるかもしれません。そうなった時世間に注目される一つの方法として罪を犯すことはあげられるのかなと思います。人様に迷惑をかけず、犯せる罪があるのなら、思ったすべてのことを本にしてニュースに出て名を馳せたいと思います。

 

 ところで、量的価値を重んじる日本社会において、お金はなくてはならないものなのではないでしょうか。私はもっとお金にとらわれず、自分の本来の人生を歩みたいし、他の方々も大小問わずやりたいことにどんどん挑戦できるような社会になればいいなと思うわけです。人は自分のやりたいことをしている時に幸せを感じると思います。受動的なことに対して幸せをたくさん感じることできると、幸福レベルは上がりますが、能動的に幸せを掴み取りにいくことが私は何よりも幸せを感じます。そんなふうに自分の好きを叶えるために行動を起こす革命家が今の社会には必要です。少なくとも私はそんな社会だったら、とよく考えています。どうかいい企業に就職して普通の人生を、悪いことではありませんが、パイロットになりたい、アイドルになりたい、といったあの頃の夢はいったいどこにいってしまったのでしょうか。自分や周りを見ていて思います。若者が前を向けていません。私の起こしたい革命はこれです。

 

 未来を担う若者が広い選択肢を行えるような支援をしてください

 

 いつか私も革命家になるのでしょうか。こじんまりとでも、ブログを始めた私はもう革命家と呼べるのかもしれません。私はどんな時も世界中の一人残らず誰しもが幸せに過ごせればいいと思っています。願いはただそれだけです。

 

あんな