2020/03/24
昨日は息子の中学卒業式だった。保護者も在校生も参加しない、歌も全く歌わず、本人はとても残念がっていた。 帰宅してから作文集のようなものがあった。中を見ると彼の社会に対する強い思いが綴られていた。(以下そのままの内容、15歳の叫び)<修了にあたって>私はは三月に中学を卒業する。正直、私は実感はないが、多分、卒業して心に残るのは、底知れぬ後悔だけだと思う。なぜな、今まで楽しい記憶や幸せな記憶を真っ黒に塗りつぶせるほどに、後悔、絶望、落胆の記憶が大きいからだ。 上と下、下があるから上があり、上があるから下がある。下が劣等感に苛まれるから上が優越感に浸かれる。みんな平等なんてない。 「天は人の上に人を造らず人の下に造らずと云へり」と言った人がいるが、これは間違っていない。だって、差異を作ったのは人だし、それに縛られるのだって人だ。 一つ例をあげてみよう。 二人の社会人が居たとする。Aさんは、大手企業の社長、Bさんは、安月給の平社員だ。はたしてどちらの方が優れているか? 多分ほとんどの人はAさんというだろう。だけど、少し視点を変えてみよう。社会人ってなんだ?社会人という存在を方程式で表すことはできないし、大手企業の社長という肩書きに質量は存在しない。それでは、二人の差はなんなんだろう。十中八九、私達の勝手な認識だ。安月給だと思っている人と、エリートだと思っている人がいるだけだ。 実際、彼らの違いは、タンパク質やアミノ酸の量ぐらいしかない。はたして、こんな不確定な支柱で経済や世界を支えられるだろうか。 私はそうは思わない。私はこんな支柱に絶望している。こんな意味の分からない差異で成り立っている社会に絶望している。それをしっかり考えもせず許容している大人に絶望している。 上から目線と思うかもしれない。生意気だと思うかもしれない。でも仕方ないじゃないか。だって、気づいてしまったんだから。私達の世の中の基盤が、どれだけ脆くて、下らないのかという事を。 息子は自分から望んでとある中高一貫に入った。2年生では選抜クラスに上がったがそれくらいだろうか、成績は急下降。この2年生の時の1年間は荒れていた。きっと多くの、"なんで?"という場面を見て、耳にしたのだと思う。 周りは彼が逃げていると言った。でも私は逃げとは感じていなかった。あらゆることを知ってしまい絶望感でいっぱいになったのだろう。 私はどんな生き方でも良いと思っている。これをしなければ、これにはなれない、とは限らない。 そんな彼は、外部進学も視野に入れていたが、そのまま上がる事を決めた。その中でどう過ごしていくかは彼次第だ。でももし、そこから離れてもっと生きやすい世界で過ごしたいならそれでもいい。 進学校では今までない考え方を持って先生たちに見せていくのも良いと思うよ👍🏻 卒業おめでとう㊗️