あんまりね、家族と仲の良い... 良すぎる人って、信じられなくって。
特に、親と。
時々出会うことのある、
自分の親と まるで親友のように心の距離が近い人。
どうしても苦手な人って、
そんなにいないしできないけれど、
そういった人の中に、決まってちょっと苦手になる人がいる。
これも何かの縁なのか、どこか引き寄せ合うものがあるのだろうか。
ボクの接する機会のある女性の多くは、
親=母親との関係に 心理的・精神的な部分で、
複雑で、深刻な問題を抱えている。
自然なことだと思うんだ。
語弊があるかもしれないけど、深く、安心する。
頷ける。。
この心の奥にも、共鳴する部分が確実にあるから。
「大人」になっても、
親と、何の違和感なく、心からベッタリできる人は、
“自分”という、
自己表現、自己主張、自己意識、自己顕示欲、、
そういったものを、持ち合わせていないんじゃないのかな。
あるいは、それがとても希薄なんじゃないのかな。
そんなふうに感じてしまう。
人間としての成長段階で
周囲の何か・誰かによる、
倫理観・道徳観の刷り込み、
「家」の文化・価値観の刷り込みなど、
たまたま、もしくは意図的に、周りの人達よりも大きく強かったり。
いっぱい愛されて、たくさんの愛を注がれて、
大切に大切に 宝物のように育てられたとしても、
それもどこか...ある種の「洗脳」のようにも。。
何かが欠けたまま、
何かを得られないまま、
大人になってしまったような、
自分達にはあって、その人の中には存在しないものがある。
「あぁ... この人には無いんだな。。」
そう、すぐにわかるんだ。
感じとれてしまう。
親って、子供の頃、
本当にまだ幼い頃は、
きっと完璧な存在だと思っていた。
なんでも知っていて、なんでもできて、
何からも守ってくれる。自分のために戦ってくれる。
まるで、神様のような。
自分だけの、特別なヒーローのような。
親は、完璧でもなんでもなくって、むしろ穴だらけで。
子供は、いつまでも未熟なんかじゃなくって、
親の知らぬ間に、親の思考を容易く飛び越えられるようになる。
親も人間なんだよね。
...いや、違う。
もっと言えば、親も子供もみんな同じ、「子供」なんだ。
体の大きくなった人間は、
頑張って「子供」の自分を棄てようとし、
「大人」を演じようとして、
子供が生まれれば、
その瞬間から「親」という役を演じ、
そうあろうと、必死に頑張って努めているに過ぎなくて。
「母親」という立場・役目を、
日常では背負っている女性と接する機会がボクは多いけれど、
誰しもが、みんな根は少女のような心を持っていて、
人生のどこかで、
何かの覚悟とともに 棄ててきたものなのかもしれないけど、
それでも、心のどこかには棄てきれずにいたものが、
絶対に残っていて。
時折、飾らない女の子な表情を見せてくれる。
そんな瞬間は、とてもとても嬉しく思う。
そんな顔を見せてくれるのは、
ボクだから、ボクがホストだから、
なのかもしれない部分は確かにあるだろう。
でも、それが 本当の姿だと思うんだ。
あたりまえのように 本来あるべき姿でもあって。
むしろ可愛らしくって、
照れず隠さず、いつもそうあってほしいなって、いつも感じてる。
硬そうに見えていたものは、
本当はとても頑丈とは言えない代物で、、
ひび割れたガラス細工のような、今にも壊れてしまいそうな心で、
頑張って頑張って、迷い失敗しつつも、
必死に「役目」を務め上げている女の子...
それが「母親」という存在の本当の姿。
根っから芯から、最初っから母親である人なんか、絶対にいない。
そう見える人も、多少 他人よりも丈夫に作り上げた分厚い仮面を被っているだけで。
全ての人が、
母親の記憶の薄いボクの、
ずっと思い描いていた、“理想の母親像”とは、かけ離れていて、
イメージがずいぶんと捻じ曲げられたけれど★、
でも不思議とそれが魅力にも思えて。
愛すべき、人本来の在りようだと思っています。
つまり、あたりまえのように、
人は、親は、子供は、欠点だらけなのだから、
親と反発しあうなんて、とても自然なことで。
そこに、倫理観や義務感に縛られて、
悲しみや痛み、憎しみを抑え込んでまで、
無理をしてまで受け入れて、許しや肯定に変える必要なんてない。
「愛すべき人を、愛する。」
それだけのこと。
そこには血の繋がりなんて無関係。
血なんかよりも濃い絆は、この世界に山ほどある。
それが、結果的に肉親であれば、それは素晴らしいことだとは、思う。
子供に、本当の意味で、
人として心から尊敬されている親って、
なかなかいないと ボクは思うから。
「心から尊敬できる人が、たまたま自分の親でもあった。」
そうであるのなら、
そういう親子であるのなら、それはとても美しい関係でしょう。
自分はいったいどんな「親」になっているのかな。
そもそも、そんな日がやってくるのかな。
こんなことを考えるようになっても、
たくさんの人と いくら関わっても、
何の答えも見つからない。
答えなんて、最初から 無いのかもしれない。
いや、
人それぞれに、いろんな答えがあるのかもしれないな。
正解はひとつじゃないのかもしれない。
自分が親の立場になって、
子供と反発しあうような関係になったとしても、
少なくとも、子供を子供扱いせず、
「一人の人間」として、見ることのできる、向き合える親でありたい。

