Ⅰ
父親は三枚の古いスペイン金貨が入った袋を少年に与えた。
「これは、あるとき野原で見つけたものだ。これをおまえに残す遺産の一部にしようと思っていた。
しかし、これで羊を買いなさい。そして野原に行きなさい。
いつかおまえにも、私たちの田舎が一番よい場所で、ここの女性が一番美しいとわかるだろう」
父親は少年を祝福した。少年は父親の目の中に、自分も世界を旅したいという望みがあるのを見た。
それは何十年もの間、飲み水と食べるものと、毎晩寝るための一軒の家を確保するために深くしまいこまれていたものの、今もまだ捨てきれない望みだった。
彼は一枚の上着と、他の本と交換できる一冊の本、そして羊の群れを持っていた。
しかし最も大切なことは、少年が日々、自分の夢を生きることができることだった。
もし、アンダルシアの平野に飽きてしまったら、羊を売って、船乗りになることもできた。海に飽きてしまう頃までには、多くの町を見、他の女たちに会い、幸福になる他のチャンスにもめぐり合ってるだろう。
世界は大きくて、無尽蔵だった。
人生で簡単に見えるものが、実は最も非凡なんだよ。
彼にはいつも新しい友人ができたが、すべての時間を彼らと過ごす必要はなかった。
神学校にいた時そうであったように、同じ友人といつも一緒にいると、友人が自分の人生の一部になってしまう。すると、友人は彼を変えたいと思い始める。そして、彼が自分たちの望みどおりの人間にならないと、怒り出すのだ。
誰もみな、他人がどのような人生を送るべきか明確な考えを持っているのに、自分の人生については、何も考えをもっていないようだった。
少年は人の「運命」がどういうものか分からなかった。
「おまえがいつもやり遂げたいと思ってきたことだよ。
誰でも若いときは自分の運命を知っているものなのだ。
まだ若い頃は、すべてがはっきりしていて、すべてが可能だ。夢を見ることも、自分の人生に起こってほしいすべてのことにあこがれることも、恐れない。
ところが時が経つうちに、不思議な力が、自分の運命を実現することは不可能だと、彼らに思い込ませ始めるのだ。
その力は否定的なもののように見えるが、実際は、運命をどのように実現すべきかおまえに示してくれる。
そしておまえの魂と意志を準備させる。
この地上にはひとつの偉大な真実があるからだ。
つまり、おまえが誰であろうと、何をしていようと、おまえが何かを本当にやりたいと思う時は、その望みは宇宙の魂から生まれたからなのだ。
それが地球におけるおまえの使命なのだよ。
「したいと思うことが、旅行しかないというときもですか?呉服屋の娘と結婚したいという望みもですか?」
「そうだ。宝物を探したいということでさえそうなのだ。
『大いなる魂』は 人々の幸せによって育まれる。
そして、不幸、羨望、嫉妬によっても育まれる。
自分の運命を実現することは、人間の唯一の責任なのだ。
すべてのものは一つなんだよ。
おまえが何かを望む時には、宇宙全体が協力して、それを実現するために助けてくれるんだよ。」
老人は、広場の一角にある自分の店のショーウィンドウの横に立っているパン屋を指差した。
「あの男も、子供の時は、旅をしたがっていた。しかし、まずパン屋の店を買い、お金を貯めることにした。
そして年をとったら、アフリカに行って一ヶ月過ごすつもりだ。人は、自分の夢見ていることをいつでも実行できることに、あの男は気がついていないのだよ」
「羊飼いになればよかったのに」と少年は言った。
「そう、彼はそのことも考えたよ。しかし、パン屋の方が羊飼いより、立派な仕事だと思ったのさ。パン屋は自分の家が持てる。しかし、羊飼いは外で寝なくてはならないからね。親たちは娘を羊飼いにやるより、パン屋にやりたがるものさ。
結局、人は自分の運命より、他人が羊飼いやパン屋をどう思うかという方が、もっと大切になってしまうのだ」
彼は今まで慣れ親しんできたものと、これから欲しいと思っているものとのどちらかを、選択しなければならなかった。
毎日が次の日と同じだということは、太陽が昇るというような、毎日起こっているすばらしいことに、気がつかないということだ。
東風はいっそう強くなり、彼の顔に当たった。
この風がムーア人を連れてきたのだ。
しかし、この風は、砂漠と、ベールをした女性の香りも運んできた。東風は、未知を求め、金や冒険、そしてピラミッドを探しに行った男たちの、汗や夢を運んできた。
少年は風の自由さをうらやましく思った。そして自分も同じ自由を手に入れることができるはずだと思った。
自分をしばっているのは自分だけだった。
羊たちも、商人の娘も、アンダルシアの平原も、彼の運命への道筋にあるステップにすぎなかった。
「宝物を見つけるためには、前兆にしたがって行かなくてはならない。
神様は誰にでも行く道を用意していて下さるものだ。
神様がおまえのために残してくれた前兆を、読んでゆくだけでいいのだ」
「これからおまえがやってゆくことは、たった一つしかない。それ以外はないということを忘れないように。
そして前兆の語る言葉を忘れてはいけない。
特に、運命に最後まで従うことを忘れずに」
彼は人気のない広場をもう一度見まわした。
もうさっきほど絶望はしてはいなかった。ここは見知らぬ場所じゃあない。新しい場所なんだ。
彼は自分のことをどろぼうに遭った哀れな犠牲者と考えるか、宝物を捜し求める冒険者と考えるか、そのどちらかを選ばなくてはならないことに気がついた。
「僕は宝物を探している冒険家なんだ」
誰かに体をゆすられて、彼は目を覚ました。
周りを見まわして自分の羊を探したが、彼はすぐに自分が新しい世界にいることに気がついた。
悲しくなるどころか、彼は幸せだった。
もう羊のために、食べ物や水を探す必要はなかった。その代わり、宝物を探しに行くことができた。
ポケットには一文もなかったが、彼には確信があった。本を読んであこがれた冒険家のようになると、前の晩決めたのだ。
少年はキャンディ売りが店を出すのを手伝ってやった。キャンディ売りは顔に笑みを浮かべた。
彼は幸せで、自分の人生がどんなものか知っていた。そしてその日の仕事を始めようとしていた。
このキャンディ売りは、将来旅に出たり、店の主人の娘と結婚するために、キャンディを売っているのではない。彼はそうしたいからやっているのだ。
