前にも、短いメールに震えあがった経験を書いたが,本当に文字だけのコミュニケーションって難しいな・・・と感じる。
あの時,短いメールを書いた先生も,わたしに恐怖感を与えるつもりはなかったのだろうけど,わたしは,すぐに返信できないほど動揺した。
書き手の意図とそれを伝える言葉。
受け手の読み取りとその時の気持ち。
すれ違うことがあるのは,悲しいし,もどかしいけど,文字のコミュニケーションの必然なのかもしれない。
いや、メールやネットの,タイプされた文字のコミュニケーション,かもしれない。
手紙は,そこまで怖い気がしないな・・・なんとなく。
メールやネットは,やっぱり言葉にすべてを委ねてしまうからだろうか。
わたしの書いた言葉が誰かを傷つけやしないか,誰かに迷惑をかけないか・・・
いつも気にしているつもりだけど,なかなか難しいです。
わたしの書いた言葉が人を傷つけてしまったようです。
「ようです」というのは,わたしにはそんな意図は全くなかったし,共感をこめて書いたから。。
でも,受け手には,180度違う解釈をされてしまいました。
言葉は,受け取った人がどう解釈したかで,その力が決まってしまうのでしょうね。
わたしは共感を示して,エールのつもりで書いたけれど,それがその人にとって不快なものであったのなら,わたしの言葉は不快なものでしかなくなってしまうのでしょう。
そんなに不快にさせていたのか・・・というのが大変ショックで,申し訳なく思います。
なんだか,悲しいな・・・。
そんなこんなで,落ち込んでいました。
ノーテンキなわたしにも,鈍いながらも心があって,わたしだって言葉に傷つきます。。
ちょっと,臆病になってしまいそう。。
そんなへこみモードをちょっと浮上させてくれる出来事もありました。
仕事で最後のクラスがあったのですが,「はい、終わりです」と言ったら,なんと学生が立ち上がって,「先生,ありがとうございました~」と全員の寄せ書きの色紙とプレゼントをくれました。
1週間の回数が少ないクラスなのに,とっても仲がいいクラスでした。彼らにとって一番楽な共通言語は英語なのに,休み時間には一生懸命日本語で,たわいもないおしゃべりをしていたのが印象的でした。日本人の学生のように,カジュアルで話していて,「カジュアルが使えるんだね」と話しかけたら,「このクラスは練習する場所だから」という答えが返ってきました。
休み時間は笑いが絶えなかったけれど,授業中は学生の視線がわたしに集中していて,本当に教師にとってありがたい雰囲気でした。その雰囲気に何度も助けられました。
他の先生に「この時期になっても,こんなに人が残っているのはすごい」と言われたけれど,それは学生たちが自分たちで作り上げたクラスだからじゃないかな・・・。
数か月間,週1回しか会わなかったのに,本当にありがとう~。
これからも,彼らが日本語の勉強を楽しんで続けていけますように。楽しい,充実した留学生活が送れますように。