私は、絵本が好きだ。
具体的に題名が浮かぶ書籍は少ない。
ただ、絵本はすきだ。
昔から、母によく読み聞かせをしてもらった。
母ときょうだいとわたし。とても楽しい時間だ。
母が読み終えた後には、話し合いコーナーが設けられた。
母の、
どうだった?
から始まるこの時間。
小さい私たちにとったら、楽しくもあり、少し緊張したりもした。
きょうだいと、感想や意見が同じだと嬉しかったが、違ってくると、ちょっとピリピリする。
言い合いになり、バトルが勃発したりもした。
そんな時は決まって、母がジャッジを出してくれた。
母は、こうおもうな。
幼い私たちにとって、母の意見が正しい意見。
母のジャッジには逆らえない。
次の話し合いコーナーでのリベンジを待って眠りにつく。
本当は、勝ち負けなんて存在しなかったんだろうな。
今となって、ふと思った。
みんな見方が違って当たり前。
絵本は、何かの正解を教えてくれるものじゃない。
楽しい気持ち
切ない気持ち
暖かい気持ち
熱い気持ち
悔しい気持ち
幸せな気持ち
色んな気持ちを、絵本は教えてくれる。
読むごとに想像力が働き、色々見方が変わっていくのも面白い。
今なら、皆んなの意見をお互い尊重し、想像を共有しながら、物語のハッピーエンドに想いを馳せれる気がするのだ。
皆んながハッピーエンドになれるきがするのだ。
父と母はよく喧嘩をする。
絵本は、子供にわかるように作られた物語だ。
素直な気持ちがわかりやすく表現されている。
絵本に出てくる家族の物語について話しているうちに、
具体的に題名が浮かぶ書籍は少ない。
ただ、絵本はすきだ。
昔から、母によく読み聞かせをしてもらった。
母ときょうだいとわたし。とても楽しい時間だ。
母が読み終えた後には、話し合いコーナーが設けられた。
母の、
どうだった?
から始まるこの時間。
小さい私たちにとったら、楽しくもあり、少し緊張したりもした。
きょうだいと、感想や意見が同じだと嬉しかったが、違ってくると、ちょっとピリピリする。
言い合いになり、バトルが勃発したりもした。
そんな時は決まって、母がジャッジを出してくれた。
母は、こうおもうな。
幼い私たちにとって、母の意見が正しい意見。
母のジャッジには逆らえない。
次の話し合いコーナーでのリベンジを待って眠りにつく。
本当は、勝ち負けなんて存在しなかったんだろうな。
今となって、ふと思った。
みんな見方が違って当たり前。
絵本は、何かの正解を教えてくれるものじゃない。
楽しい気持ち
切ない気持ち
暖かい気持ち
熱い気持ち
悔しい気持ち
幸せな気持ち
色んな気持ちを、絵本は教えてくれる。
読むごとに想像力が働き、色々見方が変わっていくのも面白い。
今なら、皆んなの意見をお互い尊重し、想像を共有しながら、物語のハッピーエンドに想いを馳せれる気がするのだ。
皆んながハッピーエンドになれるきがするのだ。
私はこの話し合いコーナーを開催している
両親の姿が、みてみたいのだ。
父と母はよく喧嘩をする。
仲裁してみると、お互いの言動を誤解していることが多い。
私と話しても、
今更好きとかそんなんじゃない
とか言う。
両親には伝わらなかったが、私が言いたかったのは、
恋人の情熱的な愛じゃない。
家族が生きていくために必要な愛だ。
両親は、長年かけて家族を作り上げてきた。
どちらかが居なくなったら生きられないくらい、役割分担がなされた、まさに一心同体の夫婦。
自分が生きていくために、相手の存在が必要
相手が生きていくために、自分の存在が必要
喧嘩はするものの、
自然とお互いのために生きている両親を、
私はずっと尊敬してきた。
夫婦はお互いを支えあい、
親子は互いを育て、尊敬する。
私達の中には、
ちゃんと愛があるんじゃないのか。
いや、あるでしょう。
少なくとも、私は家族を愛してる。
喧嘩ばかりの父と母の関係も、
十分愛の元で成り立っているよ。
それを本人達に認めてほしい。
お互いのことを一緒に考える時間を持ってほしいのだ。
何十年も蓋をされてきた誤解の蓄積は、思い込みや勘違いのしこりを生む。
私は、お互いの気持ちがわかるからこそ、修復することが出来ずにいるのがつらい。
このしこりが、お互いの生活のストレス
になっているに違いないからだ。
絵本は、子供にわかるように作られた物語だ。
素直な気持ちがわかりやすく表現されている。
絵本に出てくる家族の物語について話しているうちに、
きっとお互いの素直な気持ちを確認しあえる空間になるんじゃないだろうか。
わたしは、父と母がずっと仲良く支え合って生きてほしい。
絵本セラピスト
という資格があるらしい。
絵本を作ることも出来ず、知識も不足しているわたしでも、人を癒す事ができるかもしれない。
わたしは、父と母がずっと仲良く支え合って生きてほしい。
絵本セラピスト
という資格があるらしい。
絵本を作ることも出来ず、知識も不足しているわたしでも、人を癒す事ができるかもしれない。