学生時代にはよくモノを読んでいた。
色々と読んだが、昔の『アニメ―ジュ』は常にトイレに置いておいて、用を足すたびに読んだ。
そこで今回は当時の記憶を辿りながら、誌面にあった宮崎駿の言葉でも取り上げようと思う。
確かラピュタだ。
ラピュタの封切り前後の対談で宮崎駿はこんなことを言っていた。
「少女は内側に最初から何か持っている。けれど少年は何もない」
彼のこの人間観は作品によく反映されている。
シータは世界を滅ぼすほどの力を秘めているが、パズーは何も無い。
冒頭、シータは不思議な力を纏い空を舞う。
しかしパズーは独力で飛ぶことは叶わず、ドーラの船に乗り込むことで初めて空を飛べる。
少女は一人でも空を飛べるが、少年は一人では無理。
少年が十万馬力で少女を救い出す作品は未来少年コナンを除いては一つもない。
現代において少年は不幸な人生しか送れない。
少年には業がある。
しかし彼は確かこうも述べた。
「少年は、親が辿りついた一歩先まで行くことだけが使命。一歩でいい」
空は飛べなくとも、地面に足をつけて歩き、死ぬ時には先代より少しだけ進んでる。
それが実直な少年の生き方であろう。
そこだけを祈念して最後まで歩きたいものだ。
たまに空でも見上げながら。