50代で再就職を目指すわたしの「ホームページ制作奮闘記」 -14ページ目

50代で再就職を目指すわたしの「ホームページ制作奮闘記」

HTML&CSS・イラストレーター・フォトショップ…全て初心者の私が、
悪戦苦闘しながら求職者支援訓練に通う日々をつづっています。

 あの朝…布団の中にいた。


 「ゴーッ~」という地響き。


 ガタガタと窓が鳴り


 強い揺れの中、隣の1歳の娘を抱き寄せ


 「世の終わりが自分の生きている時代にくるとは…」と思った。


 


 隣の部屋で寝ていた夫が飛んできて


 「大丈夫か?」と言いつつオロオロ…。


 「ガスの元栓閉めて!」


「玄関開くか確認して!」と頼む私…。


 関東に住んでいたわたしでもこれほどの揺れは初めてで、


 地震の経験のあまりない夫はパニックである。




 電気が復旧しTVを付けると


 実家のある神戸がひどいことになっているのを知った。


 でも電話がつながらない。


 余震が何回も何回も起きる中


 夫は出勤してしまった。


 


 今のように携帯電話もパソコンもなかった。


 公衆電話からかけるとつながりやすいと知り


 近所のスーパーにベビーカーを押して行った。


 


 両親とも無事だった。


 部屋の中は落ちてきた物や倒れた家具で散乱しているけれど


 何もぶつからずに無傷だと…。


 


 それから何日かして、


 父は仕事のため大阪のホテルに寝泊りすることになり、


 母にうちに来るよう言ったが、近所の祖母(母の母)を


 叔母に任せて自分だけ出て行けないと固辞した。




 どれくらい後だったか、お風呂に入りたいから1泊だけ…と


 母が来ることになり


 母が好きな花を飾ろうと花屋へ買いに行った。


 入口を開けて入ると、店の奧でTVのニュースを


 見ていた店員さんが目を真っ赤にし出てきた。


 あの頃、わたしも何度TVを観ながら泣いただろう。




 阪神淡路大震災から21年を迎えます。


 神戸の街は復興しても、1.17は永久に鎮魂の日です。




 わたしが洗礼を受けた神戸の教会は全壊し、


 幼稚園の講堂を仮聖堂にしていました。


 そこには壁一面に模造紙がはってあり、


 亡くなった方々のお名前と年齢が書かれていました。


  


 わたしはそれを目にしたとき誓いました。


 「これから先、どんなことがあっても生きていこう。


 亡くなった方が生きたかった未来を


 わたしは生きているんだから…。」


 


 


 今から追悼ミサが始まります。