①彼氏が忙しくてかまってくれない
②寂しい
③会社の同僚に気持ちが向かっている
浮気心とでもいうのでしょうか

私も彼女の気持ち、わかるんです

いつか書くことがあるかもしれませんが、
そういう時期が私にもあったからです。
でも中途半端は辛いですよね。
真の幸せはそこにはありません。
そして昨日の連絡は、その同僚から距離を置こうと急に言われショックだという悲痛なものでした

また、そう感じてしまったがゆえに彼氏にも申し訳なく、ついに別れを切り出したとのこと。
空っぽで自分が誰にも必要とされていないと生きる意味がわからなくなる、そんな言葉が出るほどに、彼女は弱っていました。
そこで
まず私が確かめなければならないことは、ただ1つ。
「彼女が私の大切な友人で、彼女が私の世界の一部を担っているということ」です。
当然です。私たちはみんなで生きています


もし、みなさんの周りにこういう方がいたら、それだけは確かめてあげてください。
そして私は、それを確認した上で、「強くなりなさい。」と自分の心の中で唱えるの、と言いました。
そして、ほんの少しだけ我慢強くなろうとする意識だけはもっておこうとするの、と...
私には、何の励ましも、彼女の傷を癒してあげることもできません。
ましてや彼女の彼氏代わりになることもできません。
私たちは他人同士です。それぞれが必死にもがいて生きています



誰かに優しくしてほしいときに、"してもらえないことがある"、それは謂わば当然のことだと思います
だから、どうしようもなく立ち止まってしまったときは、結局は自分自身と向き合って、強くなることでしか事態は変わってゆかない、と思っています。

ところで、何かを一生懸命するということは大切です。
「何を急に、そんな当たり前なことを!」とお思いになるかもしれませんが、具体的に実感として、そう感じたことはありますか?
それは何故かを考えたことはありますか?
私は人を心から好きになって気付きがあって自分が変わり始めました。
ただの例ですが、何にせよ、その自分の全ての精神を注ぐという行為が、その後の人生に役立ちます。
本気であれば、きっとその想いが後々の何かをする上で基準になります。
心の底から精神を使わねばならなかったからこそ、
そしてそれだけのものを失くした代償というものが
続く人生においての基盤になっていくのです



だから、一生懸命、精神を尽くすことは大切なんですね。
例えば、私みたいな簡単な話。
心から愛している人に嫌われてしまった。あるいは、その人のことが心から大好きなのに、何らかの理由で別れなければならなくなったとき、何者にも耐え難い傷が残ると思います。しかし、それがその後の人生の基となるのです。
きっと彼(彼女)なしでは世界が空っぽに見えるでしょう。
全精力を尽くしきった本当の悲しみとはそういうものです

>>しかし、ここで、その空っぽになった気持ちが、ある意味、1つの強さの要因になり得ると感じませんか。
空っぽになることによって、言葉は悪いですが自暴自棄になることもあるでしょう。
でも

自暴自棄にも「良い自暴自棄」と「悪い自暴自棄」がありますね。
まず、悪い自暴自棄とは、例えば、頭が混乱してしまって自分がいっぱいいっぱいなため、やむを得ず相手を傷つけてしまうこと。そして自分自身さえも傷つけてしまうこと。最悪なケース、残念ながら、自殺などもありうるのがこの世の事実です。
では、よい自暴自棄とは何か



たとえば「窮鼠猫を噛む」と言いますが、普通、ネズミは猫を噛みませんよね。
この世はまだまだドラえもん
の世界ではないはずです(笑)だとすると、どうしてネズミは猫を噛むのでしょうか

どうしようもなく追い詰められた状況下、ともすれば食べられてしまう窮地です。
これは一生に何度も、ましてや1度さえも経験したくない体験...のハズ。
ただその時、そのネズミがすること。
問題の要因と向き合うのですね。
そのネズミの場合は、猫ですね。
自暴自棄になったからこそ、だからこそ、その“自分の中の大きな核のある問題の要因”に立ち向かっていけるのではないでしょうか。
今まで向き合えなかった、気付きもしなかった自分の中の壁に挑んでいけるのではないでしょうか

それに向き合い、それがどういうものか見えたとき、人は初めて強くなろうと覚悟するのではないでしょうか

このとき自暴自棄は、良い自暴自棄に変化します

したがって、物事に何でもいいから一生懸命取り組むのが大切といわれる要因の1つに、「挫折を経験するため」と敢えて付け加えておくのもいいのかもしれません

「挫折して、強くなって、もっと新しい自分に出会うため」です。
そして、強くなったとき、自分が想像した以上の景色が目の前に広がり、充実した真の幸せと言える生き方に出会えるのです

挫折して
暗闇の海底
に落っこちたところから必死に泳いで泳いで海面
に顔を出して空気を吸ってもう一度、正しい山
の方向だけを見つめて歩いていく


ネズミが猫をやっつけることは物理上、無理かもしれない。
しかし、精神上では、猫をびっくりさせて退散させるなどいくらでも勝ることはできるはずですね。
つまり、猫をやっつけなくても、自分の目的=「幸せ」をつかむ選択肢は実はいくつもあって、強くなろうと行動して頑張ってみて初めてわかることなんです

したがって何にでも挑戦すること・一生懸命がんばることは、傷付いて裏切られたという気持ちにさせられたにせよ、自分が自分自身の中の問題に向き合うチャンスでもあるのだということです

私は今、あること(後日言及するかもしれませんが)を始めようとしていて少し臆病な気持ちなので、本当に好きなことを精一杯することはどういうことか、昨日その友人からの連絡で、もう一度見つめ直すきっかけになりました。
一生懸命取り組めば、きっと道は開けると信じましょう。
そして見つけた、強くい続けるために私に欠けていること。
それは、我慢強くなること。
続けること。
それが今の私に欠けている「強くなるポイント」です

今日も1日精一杯生きよう。
階段を5段今日も上がろう。
継続は力なり。
地味コツが1番。
