今年は、なんという暑さだ







地球 どうしたー
って聞きたく
って聞きたくなります

体調管理、特に熱中症、熱射病は
しっかり予防しないと ですね



さてさて、7月はまだ電車に
乗れていません…

なので支援して頂いたpolcaの
支援金も、まだ1円も使っていません

5、6月と、かなり頑張って電車に
乗るリハビリを続けて、少し疲れが
出たのもあり、ここで後回しにして
いたことを、7月は進めています

私は長い間、自分は完治出来る、
いつか治って、また普通の暮らし
が出来るんだから、医療制度など、
支援制度は私には関係ない…

なーんて、ちょっと意地を張る
ことで、自分を鼓舞する
日々でした

しかし…
15年も電車に乗れない

無理をしようと、我慢しようと、
頑張ろうと、なにをしようと、
重い症状がしつこく私にまとわり
ついて、無理やり乗ろうとしても、
救急車を呼ぶ結果になるのは
目に見えてるような状態でした

電車だけじゃなく、今でも苦手な
場所が沢山あります

歯医者や美容院は克服できたものの、
「克服」という文字を使うほど
長い闘いでした

今でも緊張感は拭えませんが、
ただの緊張感、不安感なんて、
死ぬほどの苦しみのパニック発作に
比べたら、なんて事はありません

どうやっても行けなかった数年間は、
美容師の友人が、大きな荷物を持って
家に来て(サプライズで
)カットと
)カットとパーマまでしてくれたり、素人の母に
カットしてもらったりしていました

ある時、虫歯がどうしようもなく
痛んで、近所の歯医者さんに電話で
病気の症状を伝えて…
数件 断られて…

ある歯医者さんが「とにかく痛み
だけ取ってあげるから来なさい」と
言って下さいました



私は入り口から、中にすら入れない
状態で…
なんと先生が外に出て来てくれて、
入り口の外で「はい、口を開けて〜」
って、外で診て頂いたことも
ありました



先生は高齢の方で、こんなことは
初めてだ、っておっしゃってたけど…
そりゃそうだ〜



今は笑い話だけど、当時の私には
眠れないほどの歯痛を診てくれる
救世主のようでした



この時は、痛み止めをもらった
だけで帰ったのですが、どうしよう
もない歯の痛みを止められただけで
も、ものすごく助かりました



以来 その歯科では、私が来ると
何も言わなくてもドアや窓を開けて
くれたり、診察台の眩しいライトを
消してくれたり、入り口に一番近い
診察台を選んで下さったり



色々 工夫して協力して貰えたので
それをきっかけに、だんだん治療が
普通に受けられるようになりました

その歯科は、ご高齢の先生がやって
いる、昔からある歯医者さんで、
その後、真横に生えている親知らず
を抜くために、もっと最新の設備が
揃っている歯科で手術しないといけ
なくなり、他の歯科に移りました

今でも緊張しながらも歯医者さん
に行けるのは、あの外で診てくれた
おじいちゃん先生のおかげです



私は、長いこと両親に、この状態を
理解して貰えませんでした

健康で、高校を卒業すると同時に
1人で都会へ出てしまうような娘が
心の病気…甘えや弱さなんだろう、
と思っているようでした

以前、心療内科の待合室にいたら、
救急隊員さん達に連れられて、
わんわん泣きながら診察室に
入っていく女性を見たことが
あります

あぁ、パニック発作を起こして
救急車で運ばれて来たんだな、
と分かりました…

でも私は、発作が出ても、おさまる
まで1人で黙って耐えるタイプで、
救急車を呼ぶことで、さらに緊張が
高まるようで怖くて

助けて欲しいけど、発作の最中の私は
声が出ないので、無理に話そうとする
と、ろれつが回らなかったので、
助けを呼ぶ、という発想が
ありませんでした

症状を細かく説明するのが苦手で、
親がよく解らなかったのも無理は
ない、と今では思います

症状を細かく説明できなかったのは
説明しようとするだけでも、PTSDの
ように、発作がフラッシュバックする
ので、心療内科の先生にも、親にも
適切な説明をしたくても出来なかった
んです



先生に詳しく説明も出来ないまま、
最初の発作から3年半もかかって
しまい、その間 薬が合わず副作用
もあり

何度も発作を繰り返すうち、
家から一歩も出れなくなり

結果的に、少しずつ治っていくのに
とんでもない時間が必要になって
しまいました…

今は、遠回りしたけど、その間に
人として、大切なことを学ぶ期間
だったんだ
と思えるので、
と思えるので、これが私の人生なんだと、受け止め
られるまでになりました



しかし、初期治療が正しく行われれ
ば症状が軽くなるのは早いですよ


さて、先月 私は父に、polcaの説明
と、支援して頂いた一連の流れを
話しました

他人が娘を支援してくれている

このことは、紛れもなく私が長年、
病気の症状に苦しみ、未だに治って
いないことを、父が理解してくれる
きっかけとなりました

父が理解してからは、私がこの先も
生きていけるようにと、医療費を安く
出来る制度や、支援制度に詳しい人に
アポを取ってくれて、今 書類を集めたり、父と母の老後問題も含めて、
詳しい方に相談に乗って貰ったり
しているところです


7月は、電車に乗る機会が無いかも
しれませんが

polcaが、父の病気への理解に
繋がるなんて…思いがけない副産物
になりました

8月にはpolcaの支援金で、リハビリ
をしながら、お出かけを楽しんで、
報告したいと考えています



ゆっくり待っていて下さいね



今日はここまで
長文を読んで頂き
長文を読んで頂きありがとうございました



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