今日は中高時代の友達と会ってきた。
この子たちと会うたび、高確率で落ち込むんよな。
話がマジで合わない。
合わないというか、私が話に付いていけてない。
まず、話の登場人物の名前たちがほんまに分からない。
現実世界に地に足ついて生きてない、地元に興味がない、人にも興味がない、記憶力ない。
この状態で、真逆の人間たちと話したらマジで会話についていけない。
あの子はずっと彼氏がいて地元に住んでいる人だとか、
どこそこのお店でご飯行ったとか
友達の妹が別友人家族から呼ばれるあだ名とか、
友達妹の彼氏の名前とか
大して仲良くもない子にずっと彼氏がいたことなんて覚えてないし、
その彼氏がどこに住んでるかなんて尚更覚えてないし
地元のお店なんてごまんとあるのに知らんし
私はいまだによく行く場所以外の地名がピンとこないし
友達家族のあだ名とか会ったこともない彼氏の名前とか知らんし
ずっと記憶力のテストと、インスタでの近況をちゃんと把握しきれているかのテストをされてる気分になる。
そんで毎回1回はやらかす。
はーやめにしたい。
自分って、自分自身で他人と対峙するのに恐怖心がすごいある。
正直、自分ってもんがなんなのか分からない。ぐらぐら。
常に変でないように気を遣ってる。
普通の人の当たり前の言動ができているのか、異常者のような言動をしてないか。
前提、自分が自分らしく振る舞うことが変なんだと思ってないとそんなこと思わない。
親の影響が大きいと思う。
スピリチュアルにハマるし、過度な自然派思考で一般的な母親では全くない、服も変な柄のものを着る。
そんな母親を見て嫌だなと思いながら育ったこと。
もっと言うと、常に自己を批判しながら生きているので
そのせいで軸がなくてもっとぐらつく。
父親はモラハラ気質で、重箱の隅をつつくようにネチネチ言ってくる。
金はあるのにケチで、謎ルールで怒ってきて、論破するのが死ぬほどめんどくさい。
父母はもちろん離婚。ただ、どちらとも交流があったので、私にはどちらかがより悪いのかという判断を迫れる状態になってしまって、父母とかの前に客観的視点で物事をみるようになった。
だから常に、自分自身に対しても客観的であろうとしてしまって
批判的になる。