私には二人の親友と一人の好きな人がいる。


数多くいる人達の中で何故その三人が違うのか?
他の人とは何が違うのか?

そんな事を考えた事は無いけど、、。


なんだか違う。
まず私自身がその三人と一緒にいる時全然違う。


他にも友達はいるよ。もつろん。。

でも、、
な~んか違う。。





仕事場で出会ったお客さんには、気持ちよく過ごしてもらえる為に、
思ってる事とは逆の事を言ったりする時もある。
それもサービス業の仕事のうちだと思う。
仕事でのそれは全く何も思わないけど
友達や知り合いなんかの、
プライベートな付き合いの中で、

そういう相手の顔色を伺ったり、
自分が気に入られる為に媚びたり、
利用したりするような、、
その人の中身で付き合うのじゃなくその人の持っている周りの物や周りの人との付き合いが欲しい。。

みたいなのが私は嫌いなんです。

それも大事な人付き合いのうちかもしれないけどね、、。
私自身にそういう事をされてイヤな思いをした事もあるので余計に嫌いです。
うん、大っ嫌い。


ま、ちょっと話ズレたかな^^;

そゆ人はそゆ人だって気付いた瞬間、
知り合い。
って形になるね^^;




なんかね、
うまく言えないけど、
その三人には感じる物がある。

自分のかっこ悪い所、弱い所、ダメな所を
そういうのを全部出せる。

全力で自分を出せるというか、
自分らしくいられる。

出させてくれるんだね。そういう私を受け入れてくれてる。

、、ま、相手からしたら迷惑な話だけどねん(^^)


自分の人生に必要な人ってかさ、
自分の一部。みたいな。

もし、体調が悪かったりしたら、
私が貰ってあげれたらなぁ。
って、ほんとに思う。


久しぶりに会っても久しぶりに喋っても、気持ちは何も変わらないし、
心がブレない。
私が家族に対する気持ちと同じ感じだね。


うん。
中々人に開かない心の扉、
その三人には私、
開きまくってる。

人によっては
その扉の存在さえ教えない事もあれば
人によっては
開ける時閉める時鍵をかける時もある。

でも家族とその三人には、
完全年中無休24時間営業で、
来て来て~\(^o^)/
ってほど開きっぱなし。


二人の親友は、
友達ってのじゃなく、
心友。なんやと思う。

一人の好きな人は、
恋ってのじゃなく、
愛。なんやと思う。



なんだか一言で簡単にうまく表現できないけれど、、

三人のSoulMateさん(*´◡`*)

私の人生にいてくれてありがとう。
いつも心の中にいてくれてありがとう。それが私の幸せです。

これからも喜怒哀楽激しめの私の相手、懲りずにヨロシクでぃす(*´◡`*)




photo:01


この写真(^^)

懐かしいねぇ~(*´艸`*)♡



photo:02


今年も祇園祭行くでー!

着付けも頼むぞん(*´艸`*)♡




photo:03



L☆O★V☆E★‼

ら~ぶ~です(*´艸`*)♡







iPhoneからの投稿

私には二人のお姉ちゃんがいます。
四歳、二歳、上のお姉ちゃん。



私は三歳まで色んな事情があって家から少し離れた所に預けられていました。

そこには
「おっちゃん」「おばちゃん」と呼んでいた私の面倒を見て育ててくださった夫婦とその息子が住んでいました。

幼かった私は本当の
「お父さん」「お母さん」
の意味や呼び方、と、
「おっちゃん」「おばちゃん」
の役割、関係などは全く理解をしてなくて、
ただほわ~んと、
私には二つの家と二つの家族がある。
お父さんお母さんが二組いる。
みたいな感覚でした。

ただ、その家にずっといた訳ではなく
実家に帰る時もありました。


預けられてた家では
優しくて甘やかしてくれて何不自由無い生活でした。

でも実家に戻ると、
楽しい事がいっぱいありました。
怒られる事もいっぱいありました。


私は
そのたまに帰れる実家が好きでした。


私には二組の両親と二組の兄弟がいると思ってたけど、
預けられてた先の息子さん、
その頃の私でいうお兄ちゃん。とは、
色々あってここでは書けないんだけど…
遊んだ記憶がありません。

歳が離れていた事も原因の一つかもしれないけど、
幼心に何かを私は感じていたのか、
何なのかはわかりませんが、
その方との記憶はありません。


私のその、家の掛け持ち生活が終了した理由に繋がっていて、
それは何故そうなったのかを知ったのは2ヶ月前なんだけどね^^;




、、ま、それはいいとして、


そんな事もあり、
私は実家に戻ると、お姉ちゃん二人がいて遊んでくれるのがとても楽しかったんです。

ちなみに、まだまだチビだった私の両腕をお姉ちゃん達が引っ張り、
私の肩は抜けたらしいです、、。
それぐらい可愛がってくれました(^^)


夜中私の預け先にお父さんとお母さんが迎えに来てくれて、
朝起きたら実家の家で目覚める時は朝からテンションMAXでした。

迎えに来てくれた時抱っこしてもらうのが嬉しくて、実は起きてるけど寝たフリをしたままの時もありました。


預け先にお姉ちゃん達が遊びに来てくれたり、泊まってくれる時はとても嬉しく、帰る時はとてもさみしかったのを覚えています。



。。実家に住むようになってからもお姉ちゃん達はとても可愛がってくれました。

時に、男の子も顔負けの激しい喧嘩をする時もありました。

一緒に遊んでくれる時、
ままごとの時はお姉ちゃん達はお父さんお母さんの役で、
庭に生えている草などを切れなくなった包丁でちぎり切りし、
ボロボロのお鍋に入れてかき回し、
雑草の水分が出てグチャグチャになったらご飯の完成!

で、私の役は、
お姉ちゃん扮する夫婦の子供役。
だったので、
「雑草のかき回した和え物」
を食べたり、


基本的に家族五人で一緒にせま~い
お風呂に入っていたんですが、

たまに三人でお風呂に入っていた時は
洗面器の中に子供がようやく持ち上げられる程の、
まさに今自分達が浸かっているお風呂のお湯を入れ、
お姉ちゃん達が代わりばんこに洗面器の中のお湯を飲む。

実は飲んでるんじゃなくて、
洗面器を傾けてお湯を流して飲んでるフリなんだけどね、、。

それを見て私だけが
お姉ちゃんすご~い‼
って興奮。
それを見てお姉ちゃん達は爆笑。

「ハイ!ナツミの番‼やってみ!」

と言われ、案の定、
洗面器の中のお湯を一生懸命飲む私。

っていう遊びをしたり。。(^^)




何年か前、実家の大掃除をしたら
一冊のノートが出てきました。

それには
「ナツミの修行」
と書かれていて、
家の裏山で私がどうやってどこまで登れたかを記録していたみたいで、

「忍者になるまでもう少し」

みたいな事も書いてありました(^^)




今の世の中じゃ考えられない遊び、
本人の気持ち次第ではだいぶ凹む遊びの数々(^^)

書ききれない程の沢山の遊びや喧嘩、
全てが大切な思い出です。

喧嘩ができるのも、お姉ちゃん達がいてくれたからだと思います。




上のお姉ちゃんは大学を卒業してからずっと大きな会社に長年勤めていました。
それを辞め、その退職金で看護学校に行き始めました。

自分の人生のうちで手に職を付ける。や、色んな理由はあるんだろうけど

「私は実家に住んでるから、
お父さんとお母さんが突然倒れた時役立つと思うし。。」
って言ってました。



両親が私達の子供の頃二人でスナックを経営してて、いわゆる
お父さんはマスター、
お母さんはママでした。

夜は子供だけで家にいる事がほとんどでした。


私はよく途中でお姉ちゃんの布団の中に入りに行って寝ていました。

小学1年の時、体育の授業で足が痛くなって寝れなかった日の夜、
私はずっと痛い痛いと泣いていました。
お姉ちゃんが「おいで」
って自分の布団に誘ってくれて
まだ自分も小学生なのに眠たい目をこすりながら私の足をずっと撫でていてくれて、私はそのまま寝たのを覚えています。


お姉ちゃんの強さや優しさは子供の頃からで、本物だと思います。





下のお姉ちゃんは今、
私のブログなんかによく登場する
チビの母親です。

子供の頃から頭がよく、
運動神経もよく、
しっかり者で、
自分以外のものを信じないってぐらいの完璧主義者の成功者でした。

独身時代、風天のトラさんの様な時代があった私を自分の家に住ませてくれていました。
そんな時、ある事を発見しました。

お姉ちゃんは料理ができなかったのです。
それを知った時、あのお姉ちゃんにもできない事があったんだと愛おしく、嬉しく思い、かわいいなぁと思いました。

そこからお姉ちゃんとの距離が一層深くなり、悩みなどは全てお姉ちゃんに相談し、色んな事を喋れる友達みたいになれました。

結婚してからも旦那サンの部下の方が家に来られる時は私を呼んで、一緒に料理を作りました。

助けられっぱなしのしっかり者のお姉ちゃんに頼られて力になれた事が嬉しかったです。

今では料理が得意というぐらいになったのがもっと嬉しいしさすがだと思っています。


今お姉ちゃんはチビを産みましたが、それには色んなドラマがありました。

お姉ちゃんはチビができるまでの10年の間に数えきれない程の人工授精、体外受精をしました。

正直、病院の先生も半ば諦めていたんじゃないかなと思う程の回数です。

お姉ちゃんは何回も人工授精を続けていたある日、私に言いました。

「私にはお姉ちゃんもナツミもいる。でも結婚してるのは今は私だけだから孫の顔を早く見たいと言う親の気持ちに応えてあげたい。
旦那サンは一人っ子。
旦那サンの親の為にできるのは私しかいない。
だから私の気持ちはその次や。」

チビが生まれてきてくれたのは奇跡。
なんだろうけど、
奇跡という言葉には色んな意味がある。
なので私はこの事を、
お姉ちゃんの努力と小さなチビの命と大きな出来事。
だと思う。

お姉ちゃんは自分を信じ続けたんだと思う。



完璧主義者のように見えてたお姉ちゃんは、努力の人なんだと思う。

上の姉と喧嘩したら
「妹なんだから…」
と怒られ、私と喧嘩したら
「お姉ちゃんなんだから…」
と怒られていたお姉ちゃん。

お姉ちゃんは私達姉妹の二番目。
ってだけじゃなく、
私達姉妹の軸になる人だと思う。


子供の頃から一本の筋が通ってブレない心を持っていたお姉ちゃん。

私達家族にチビという幸せをくれたお姉ちゃん。
自分の事を全て我慢して旦那サンやチビの為一生懸命愛情を注いでいるお姉ちゃんを私は本当に尊敬します。





。。
この間、家族で話をした。

今チビがいる現実で、かわいいだけじゃなく、大変な事が色々ある。

お父さんとお母さんは私達姉妹、
しかもあまり年齢差の無いやんちゃな三人の子供に対して当時どう思っていたのか?

という話題、、。


お父さんとお母さんは言った。

「やっぱりナツミの事が気になる。
自分達の都合でナツミを預けたし、
ナツミの写真や服は殆ど無かった。
悪い事をしたなぁと思う。
それは今もずっと思ってる。」

って言われた。

直接言ったけど、
私は今大人になって、写真を撮ったり服を買ったり着たりにすごく執着してると思うし、すごく好きな事。
カメラや写真や服が自分でも引くぐらいある。
でもそれが幸せやねん。

それは知らないうちに子供の頃無かった物を今の自分が埋めてるのかもしれん。
でも私はそのおかげやと思ってるし、
むしろそんな機会にラッキーと思ってるから感謝してる。

ありえへん程貧乏な家でも、
一人一人の個性が強い変な家族でも
私にとっては世界で一つの世界で一番大切なチーム。

お父さんは理想の男性で、
お母さんは目標の女性で、
お姉ちゃんは最も近い、尊敬する親友以上の人です。

お父さんとお母さんの子供で生まれ、
二人のお姉ちゃんの妹としている事を本当に嬉しく幸せに思います。


これからも一生私をヨロシクです(^-^)




photo:01



こんなけ長々書いて…
最後私、、
パンツ丸見えやなぃかっ(゚O゚)\(- -;

ツヘヘ(*´艸`*)





iPhoneからの投稿

5月20日はお父さんの誕生日でした☆

やはりメールをしました☆彡



「お父さん♪
誕生日おめでとう\(^o^)/

おじぃちゃんになって初めての誕生日やな(^-^)

これからもチビの成長をずっと見なあかんし、身体に気を付けて、
ご飯はちゃんと噛んで、
睡眠薬も飲み過ぎんと健康大事に
元気で楽しくいてや( ´ ▽ ` )ノ

私とお姉ちゃん(まだ独身の方の姉)の
子供もまだ見なあかんのやし、
先はまだまだ長~いで(^^)

それと、
長い間、お仕事お疲れ様でした☆
ありがとう。

これからは第二の人生、
お母さんと仲良く、楽しくしててな。

いつも色々ありがとう(^ー^)ノ

誕生日、おめでとう\(^o^)/」




ってね(^-^)

お父さん、大きな病気ではないはずなんやけど、血圧が高いのと、心臓のパイプが人より太いからなんちゃらら。
で^^;

感情が高ぶったり興奮したりすると特に、心臓に負担がきて痛くてしんどくなってしまうみたいで、、。

なのに、
吉本新喜劇でも感動してしまう…
徳光さんより、西田敏行さんより先に泣いてしまう…
そんなお父さんなのです^^;


子供の頃はめちゃくちゃ怖かったお父さんも今では泣いてる姿をお母さんに笑われ、私達に笑われるかわいい泣き虫のオッサンなんです(*´艸`*)


それにバラエティ番組が好きで、
芸人に詳しすぎる(^^)
それは私達が子供の頃からで
アニメが見たい年頃なのに
ダウンタウンの漫才を強制的に見せられた。
私がダウンタウンを好きになったきっかけは完全にお父さんの影響(^^)

今でも実家に帰ると最近お父さんがおもろいと思ったテレビを強制的に見せられる(^^)

見きれなかった分はCDRに入れてくれる。

テレビッ子おじさん(^^)





でも、
寝る時になんだか中々寝れないらしくて、デリケートな部分があるみたいなのか何なのか、、
病院からもらった睡眠薬を毎晩飲んでて…
この間私が帰った時は私が帰った事によって嬉しかったり色々考えてしまったりで、、
寝れなくて途中でまた起きてきていつもの倍の睡眠薬を飲んでました。。



ご飯もよく噛んでってゆ~のは^^;

丸呑みするんです、ご飯^^;
口に入れて二回程噛んだらゴクッッ‼
って丸呑み。
肉も魚もお米も全部(´Д` )
身体に確実に悪い。。よね^^;

の、くせに孫のチビが離乳食になってからはチビがパクッてしたら

「モグモグ…やで。
モグモグモグモグモグモグモグ……
ハイ!ごっくん!」

って見本ぶってイキッとぉる(^^)


だからメールに書いたの(^^)



まぁね、、
笑けるんやけどやっぱり心配でね。

頑固一徹の鬼より怖かったお父さんが泣き虫になって、
お母さんが病気してから丸くなって
孫ができてからもっとまん丸になって。。
で、いいんだけどね(^ー^)ノ





でぇ、
メールが得意なお父さんから私が送信したら、ほんまに読んだんか?
って早さでメールの返事が来た(^^)

「ありがとう」

って。


で、
はやっΣ(゚д゚lll)
って思っただけやったんやけどさ、


今実家には私以外の家族が全員集合してるからお姉ちゃんからメールがきて…

「ナツミが送ったメールをめっちゃ喜んではって、オカンに見せたはって、
オカンが読み上げて、みんなで
→上手に書いてるな~
→よ~噛んでって(笑)
とか言っててん(^-^)」

ってね☆

な~んか、、
お父さん、喜んでくれてたんやな~
って嬉しかったぁヽ(*´∀`*)ノ



よかったぁ( ´ ▽ ` )




お父さんが丸くなったのは
お母さんの病気や孫の登場もあるんだろうけど、1番の理由は、
お父さんがお母さんに歩みよって自分で自分を変えたから。

お母さんが病院に1人で行き、
ガンの告知を受けてお母さんはお父さんに電話した。

その後お母さんは家に帰ったけどお父さんは仕事を優先して夜中に帰ってきた。


その事をお父さんは悔やんでいた。

そんな状況でお母さんを1人にした事、とても後悔してお母さんにバレないように泣いていた。。
自分をせめていた。。



次の日お父さんは仕事に行ったけど
やはり仕事が手につかず、すぐに途中で帰ってきて
お母さんと何をする訳でもなく、
ただ、お母さんの側でお母さんと一緒にいた。


お母さんのガンがみつかってから、
お父さんと私達子供3人は約束をした。

お母さんの前では泣かない事。。

私は1人で今までに無いぐらい泣いた。きっとお姉ちゃん達もそうだと思う。。

お父さんは毎日私達誰かに電話してきて電話の向こうで泣きじゃくってた。

お母さんを支えるのはお父さんで、
お父さんを支えるのは私達やな。だから頑張ろうな。
って姉妹で約束をした。

お父さんがあんなに泣いたのを見たのはそれが初めてだった。



自分が愛する人がいなくなる怖さを
リアルに感じたからお父さんはお母さんに歩みよりの心を産む事ができて
変わったんだと思う。


50歳も過ぎた大人が変わるのって本当にすごいと思う。



だからお父さんがテレビ見て無くのは許してあげる(^ー^)ノ


でも、睡眠薬飲み過ぎと、
自分はできてないくせに孫にイキってご飯の食べ方教えてるのは…
今度帰った時説教くらわす♪( ´θ`)ノ



お母さんを支えるのはお父さんだし、お父さんも思ったようにお母さんもお父さんに健康で長生きしてほしと思ってるから、、。
愛する人を泣かすような事しちゃいけましぇんよ!泣き虫おじさん(^ー^)ノ




photo:01











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