ねたばれ評論家 -2ページ目

『マイマイ新子と千年の魔法』がつまらなかった人へ

新子『マイマイ新子と千年の魔法』はある意味3D映画かもしれません。普通の3D映画が立体的に見えるのは、左右それぞれの眼に映る映像が異なっているから。左右のズレが立体感・存在感を生み出しているんですね。『マイマイ新子』の場合は観た人自身の人生経験や、生活・価値観の変化によるズレが生み出す脳内立体映画であるということです。繰り返し観なければ本来の姿が浮き上がって来ない。一度観ただけで評するということは、喩えるなら『アバター』のような3D映画を片目で観て評しているのと同じこと。1回観て言えるのはせいぜい感想だけで、評するには2回以上必要だと思います。2回でも足らないと思うけど。好きとか嫌いとか以前にこの映画の大事な部分が伝わっていない。出来が悪いから伝わっていないのではないか?と考えることも出来るでしょう。しかし確信を持って言えるのは、作り方が拙いのではなく意図的にそう作られたものだということです。観る側の力を信じているからこそ。

 

貴伊子映画の序盤、東京から列車に乗って山口の三田尻駅に着いた貴伊子。駅の周辺こそ町の景観でしたが、踏切を越えると田んぼや畑ばかり。そんなとき車の中からあの山を見ます。貴伊子の表情はよく見えませんが、悲観的な心境で山を見たことでしょう。そして映画の終盤に貴伊子は再びあの山を見ることになります。悲観的な心境で見たあの山を今度は希望の象徴として見上げるのです。

 

貴伊子新子つまらないものや嫌だったことが、価値のあるものとして輝きを放ち始めるというのはとても素晴らしい。この映画を最初に観たときにつまらないと感じたとしても、次に観たときには感動し得る可能性は十分ある。それを否定することはこの映画のみならず、観る人自身の可能性をも否定することです。最初はつまらないと感じたとしても、これから感動を得られる可能性まで捨てる必要はないでしょう。振れ幅が大きければ大きいほどきっと感動も大きいに違いない。子供に見せるべきと言ってきたのは、子供のときの視点と大人の視点という最も大きな視差を持てるから。多くの子供にとっては観た直後はよく分からない、つまらない映画だと感じるかもしれません。しかしそのつまらなかった映画がいつか価値を持ってきて最高の映画に化けるかもしれない。観た直後に満足できるファストフード的な感動だけじゃなく、先を見据えたスローフードも必要でしょう。この映画には成長に必要なものが一杯備わっていると思います。子供の頃に面白くない映画を観た彼らが大人になり改めてこの映画を観たとき、そのときこそこの映画に正当な評価が下されるのではないかと思います。

 

 

 


『マイマイ新子と千年の魔法』公式サイト


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

四つ葉のクローバー