絢斗生まれてからも
時々、繁ちゃんと関係を持ってた
1、2年会わない時もあった
私が、寂しくなり
電話すると
抱いてくれた
ただ温もりが、欲しかった
子供生まれたら
私、仕事出来なくなり
お金にも、気持ちにも
余裕がなくなった
あなたの子供なのよ?
認知裁判しようにも
会えなくなるね
その一言で
裁判を諦めた
その頃から私
病んで行った
絢斗の保育園の卒園式
あと、数ヶ月と迫った
1月半ば
私は、安定剤を
多量摂取した
アルコールで
薄れゆく記憶の中
死にたくなかったのか
110に電話していた
近所の看護師さんに
水を大量に飲まされ
薬吐いた
そのままパトカーで
心療内科へ
そのまま入院となった