15年前、私の最愛の父は他界した。3月7日だった。3月1日の夜中、私と妹が付き添っている時に急変した。末期の癌で、モルヒネ絶対適応だったのに、院長は頑固で、微量でも、打ってくれず、父は笑顔は絶やさなかったが、見てるのも辛いくらい、苦しんでいた。母は気丈に温かく父に接していた。家族全員がそこで寝泊りし、父の苦しんでいるうなり声以外は静寂だった。苦しみながらも、冗談をいう父に、何をしてあげれただろう。亡くなる3日前、私は母に言った。(ママ、もう覚悟しなよ)と。母は初めて子供の様に泣いた。今はあの時の自分の言葉を私は後悔している。覚悟なんてできるわけない。ごめんね、ママ。

その後、父が亡くなり、私は生きる気力を失った。人間は心で死に向かっていくことができる。あの時の私がそうで、多分、確実に死に向かっていった。少しづつ・・。だから私を心配してくれる人がうっとうしかった。私の友達・・ごめんなさい。私の家族、姉は(あっちゃん!もう私の声は届かないの?!)と叫んだ。

妹は泣きながら私のところにきた。母も泣いた。旦那にも心の内を全て話した。私の体はもう多分骸骨みたいだったけれど、みんなの声が心に響いた。生きようと思った。私の家族に、いつか幸せになったねと、言ってもらいたいと思った。そして、悲しみが喜びになるのも、そう遠くなかった。

父はもう他界して、この世にはいない。私の結婚式も出てないし、今の私も知らない。

でも不思議と、父は全て知っている気がする。こう思えるようになったのは最近だけれど、別に父の幽霊をみたわけでもないけれど、上手く言えないけれど、父は私達家族を見守ってくれてるって感じる。

多分、身近にいるから、会いたいとも思わない。いてくれるから・・・。


今だから言える言葉、私の家族、母、姉、妹、そして旦那、ありがとう。そしてごめんなさい。

私は少し遠回りしたけれど、幸せになったからね。

そして私の心にずっと残っている光景、心配してカステラをもって家にきてくれた友達、嫌な思いさせたね、ごめんなさいね。父の死で、いろいろな人を傷つけた。自分をも。

立ち直った私を安心してみてる父がいる。家族がいる。

この幸せに感謝します。