映画「がんばっていきまっしょい」ロケ地を訪ねる旅② | 京都市 左京区 会社員 (現在 嘱託社員)

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新聞への投書採用分または投書原稿を紹介します。「これは、知ってほしい」「考えてほしい」「感動したこと」いろいろです。よろしくお願いいたします。2013.10.26.(2015.10.19.改定)
 

この記事は、①からご覧下さい。

https://ameblo.jp/anjyaikun/entry-12371454031.html


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さて、次の日、天気予報がズバリと当たり、愛媛県松山市周辺は雨模様になりました。

 

今日の目的地は・・・ここ

悦子の自宅、そうクリーニング店を目指しました。

 

 

 

 

映画では、なんとなく高校に受かってしまった悦子がぼんやりと「家出」して(家出という言葉は、ちょっとおかしい使い方ですが主人公のちょっと変わった面をかもしだすのにぴったりとしたセリフでした)海に行き、ボートに魅せられて夜になって帰ってくるシーンから

 

 

実際はこんなふうなところでした。

 

ここ大洲市は松山市から、西に約40キロほど行った所にあります。

そこの、大洲殿町商店街に、このクリーニング屋さんはありました。

 

ここ、ここのお店でした。

正面の看板は変わったそうです。でも、映画の中で写っていいた「学生服」の看板は健在でした! ニヤリ

 

 

「あれ?あんたどこにおったん?」「…」「明日入学式じゃろ?」とセリフが続きます。

 

映画と同じように、ご主人は仕上げのアイロンをかけておられました。

さっそく、お店のご主人に撮影の許可をいただきに中に入り、お話を少し伺いました。

 

 

 

映画の撮影は「きゅーきゅーきゅー」って、よく覚えてますよ! とのことでした。

なんのことかと首をかしげていると、「ここでの撮影が、平成九年、九月九日だったので、きゅーきゅーきゅーですわ」とにこやかにお話してくださいました。

 

「いや~、久しぶりに映画のことでおみえになって、ここしばらくはおみえじゃなかったもんで… 映画が封切られた時には、関西大学の映画研究部さんだとかがバスで見えたりとか、こんなにすごいことになるんだ。と驚きましたよ。」

と、おっしゃったり、「当時の写真があったらさしあげます」ともおっしゃっていただきましたが、残念ながら、出てきませんでした。

 

 

撮影の時は、まだお父様がご主人をされていたそうです。今のご主人は、当時22歳だったそうでした。

「こんなふうにお店でアイロンをかけているクリーニング店が少なくなってきてるから、こんな遠くまでロケに来られたんでしょうかね…」とおっしゃられ、お店の前の通りを一日中通行止めにして、撮影されたこととか、貴重な当時の様子をお伺い出来ました。

 

 

横の路地でも…

こんなふうなシーンが撮影されています。

 

 

今は…

少し角の建物が建て替えられたようですね。

 

 

そして、このクリーニング店の近所の家で、家の中でのシーンを撮影されていたそうなのですが、当時空き家だったところに行くと、つい最近まであったそうですが、新しい家を建てるべく工事が始まっていて、見ることは出来ませんでした。残念でした。


封切りから21年の月日は、少しづつロケ地であった風景も変わっていくのですね。

 

 

あ、そうそう、このクリーニング店さんの近所に、こんな名前のお寺がありまして…

ご住職に名前の由来を聞きたかったのですが、ご不在の様子で、残念でした。

 

 

雨の中、ロケ地巡りはその③に続きます。

        ↓  



今日はこの辺で…

 

 

ではでは またまた