あたオト:バイクに乗りたいワケ。
『もっと遠くへ行きたい』
それがあたしの一番の想い。
あたしは、小さな頃から夢想家で、
学校が終ると、
真っ直ぐ、家路につく。
ランドセルをポイッとほおると、
床にゴロリと横になり、
窓の外の高い空を見上げては、
角膜に泳ぐ埃をぼんやり眺めてる。
『もっと遠くへ行きたい』
そう想いはじめるのは、
いつの頃だろうか。
たぶん、
それら、頭上高くうねる大海原を、
ただ、なんとなく見つめている頃なのかもしれない。
あの頃のあたしは暴れん坊将軍が大好きで、
気品ある馬を駆るのに憧れる。
真っ青に晴れてキラキラ輝く砂浜を、
艶の良い真っ白な馬で駆けていく。
いつかそんな自分になりたいと想ってる。
そうしてあたしは、
もうすぐ三十になろうとしていた。
いったいあたしは、何をしてきたのだろうか?
この頃のあたしは、自分の甘ちゃんぶりに、
嫌気が差していた。
家族に甘え、友人に甘え、会社の人たちに甘え、
そして、束の間の時を一緒に過ごした見知らぬ人々にも甘えていた。
そう思えたことさえ、最近のことで、
あたしは、生きる気力さえ、ほとんど持ちえなかった。
過労になろうが、病気になろうが、死んだらそれもそれでいい。
そういう考えが、頭の中に、充満していた。
あたしは、無性にバイクに乗らなければならないと考えた。
それも400ccなんかじゃ足りなくて。
『もっと遠くへ行きたい』
ただ、それのみが、
あたしの進む、行き先で。
200kgを超える巨体に物怖じもした。
軽くアクセルをひねるだけで、
ぐわっと置いていかれそうなパワーにも慄いた。
でも、あたしは、ようやく、目が覚めた。
コイツを駆るのは、あたしなんだ。
そう思ったら、スッと、すべてを理解した。
あたし、自分のために生きてない。
誰かがやってくれるはず。
誰かがわかってくれるはず。
誰かが。
あたし、自分のことを他人にまかせて生きていた。
というか、生かされていた。
そういうことを、何気ない交差点の右折で思い知らされた。
このままの気持ちのままで、
大型バイクになんて乗っていたら、
あたし、確実にあの世行きだと思った。
それは、嫌だ、と思った。
遠くへは行きたい。
でもそれは、生きて、この体で世界のすべてを感じることだ。
あたしには、やるべきことが、たくさん、残っている。