『serial experiments lain』(シリアルエクスペリメンツレイン)は、グラフィック+テキスト形式の雑誌連載企画・アニメ作品・ゲーム作品が同時進行・相互関連して制作されたメディアミックス作品である。
*1998年夏アニメ
先日、ある尊敬と信頼と感謝の気持ちを密かに抱いている方がブログで紹介していた-
自分の中の様々なものを刺激されて
土日にかけて一気に13話まで見てしまった。
このアニメの製作背景として、
時代的には、まだ多くの人がノストラダムスの預言当たって人類滅亡したらどうしよう(!)とゆるやかに考えていたり、
業種、職種によっては2000年問題対策を意識しつつも、まだ大丈夫(!)と思っていた頃、多分、よく知らんけど。
そしてi-modeも2ちゃんねるも無かった、まだ。
そんな時代に、
ネットワークで人々が繋がり仮想空間でゲームしたり悪いことして関わりを深める、という世界を描いている。
たしかにパソコン通信だってあったし、Windows98の発売によりインターネットが普及し始める直前くらいの時期ではあるが、
ソーシャルネットワークやクラウドという概念や、
または、ユビキタスという言葉はあっても技術が追いついておらずその後IoTなんて呼ばれ出しても日本で実感を持たれ出したのはまだ最近、
IPv6も今では実用されてるとはいえIPv4ありき?
みたいな現状。
20年前に、ここまで空想出来るのは興味深い。
だってまだマルチメディアとか使われてた時代よ。IT革命はまだ四、五年先の話。
ハイパーメディアなんちゃらいう人もいたよね。
いまや普通すぎてあえて表明する意味がない言葉になってる?メディア。
ただテクノロジーに対する想像力がいま一、二歩及ばず、
フルダイブとかは明示されず、多分トータルリコール(1990年の映画)的なバーチャルリアリティを視聴者が勝手に想像してくれや、な印象。
で物語の方は、かなりざっくり言うと
「ネットで情報共有しだすとか自我の境界が曖昧になって、他人とつながり過ぎていろいろ弊害あんじゃね?
まあそれも進歩つうか最終的には端末無しでもよくね?衛星回線とかで人類みんなで一つのネットワーク。」的な。
宗教、哲学などの命題に加え
ITのうちのネットワークコミュニティやIPアドレスの枯渇問題にも触れていて
↑に書いたように2000年問題にすらまだのんびり構えてた状況でかなり先進的だったのだろうなとは思う。
インターネットの普及により、
情報収集は圧倒的に手軽になった反面、
知識の質は低下している面もあるように思う。
つまりネット検索してトピック程度を知っただけで知っているつもりになれてしまうとかコピペうんぬんとか。
ただそれも知的好奇心や探究心が旺盛な人には当てはまらず、
全体としてどうなのかは、わからないが、
受動的な人間にとっては目にする情報の流れ方や質が変化していてもそのことに気づくこともなく世界はあまり変化していないのではないかな。
その自覚なく変化しているって部分がこのアニメで提示されている
知らないこと、記録にないこと、記憶にないことは存在しないのと同じ=情報空間の改竄は容易で一度改竄してしまえば誰にも気づかれない→情報空間と現実世界が繋がる=情報空間の改竄出来るやつは世界を書き換えられる=神
まあ改竄しても履歴が残るのが情報空間なんだけど
それも消せる設定でいくのはフィクション共通の前提なのでしょう。
あと、連想する他の物語として、
社会構成?世界観的な部分で
PSYCHO-PASS
攻殻機動隊
AI的な部分で
アキハバラ@DEEP
lain的な部分?で
多重人格探偵サイコ
ネットの住所不定のサイトで洗脳されたり
ダンデライオン 落合尚之
→下町のではない
電波的な部分で
田口ランディ
コンセント、アンテナ、キュアなど
そして何よりSAO、アクセルワールド
茅場晶彦という天才にして
異常な理想を抱いた男が創り、世界に種を蒔いたもうひとつの世界の物語。
表面的な世界観が違いすぎて理解出来ない人がほとんどだと思うけど、自分的にはほぼ同じ本質を描いているように見えた。
ネタバレしたいわけではないのでキーワードのみ羅列
仮想空間と現実の境界、神、現実の上位概念、ゲームで死ぬ、肉体を放棄、加速、人工知性、集合無意識、など
まあ点と点ではあるんだけど(最近、自分の中で流行りか?w)
解説サイトとか見る暇なかったので、というか
日頃、自分が妄想していることすぎてあまり解説は必要と感じなかったんだけど、自分がまったく見当違いな解釈している気もするので、この後、見てみよう。






