少し前までは
アイデンティティーが欠如していた
中学のころの俺のアイデンティティーはそれなりに良いものだったと思う
清く正しく豪快に。
大雑把にいえば
それが俺のアイデンティティーだったなあ
高校に入ってからも
色々考えは変容した
おとながよくさ
若い頃は遊んだ方が良いとか
遊んでない男なんて
魅力が薄い的なこというけどさ
それを真に受けちゃったんだよね
それが愚かだった
俺としての色々な人と絡む目的は
人として成長するためであって
恋心的なものはほとんどなくてもデートに誘った
相手は俺が相手を好きだと勘違いしたはずだ
うーん、違うんだけどなあ
単なる成長の糧でしかなかったんだけどなあ
もちろんそのようなことばかりしてるから当然弊害も生まれた
『俺くんってチャラいよね』
このような弊害です
これらの弊害のせいで
俺は本当に好きな人達
ベリーライクな人や
ラブな人と仲良くなりたくても
仲良くなりにくくなってしまった
俺の好きな人達は
決まって真面目で、
イケてる人間とは少し違う子だから
俺が望んでいる
自らの人間像と
他の人達の俺に対して抱いてる人間像が
ギャップがありすぎて
物凄く腹立たしかった
それに加えて今までとは
大きく異なったジャンルの彼女が出来て
その影響で
己の正しいと思っていた
価値判断が本当に正しいのかどうかわからなくなった
こうして己の
アイデンティティーが瓦解していったんだ
どのような人間が聖人とよばれたのか
またどのような人間が多くの人に仰がれていたのか
知りたくなり
孔子の論語を読んでみた
5日くらいかけて
やっと読み終えた
内容としては
どのような人間が君子で聖人なのかどのような人が小さい人間なのか
それは俺が昔からもっていた
考えと似たところが多くあり、
俺は間違えてなかったんだなと
と少し自己肯定をすることがてきた
もっとも
孔子の論語の方が莫大に広く深く実用的で
よりグレートなものだった
俺は
新たなアイデンティティーの根や幹となるものを発見したよ
根幹は論語でぶれないようにして
あとの枝や葉は色々なものをとりいれて
アイデンティティーを再構築出来たらいいな