お大師様と呼ばれ、広く一般に親しまれている弘法大師は、宝亀5(774)年に讃岐国(香川県)にお生まれになりました。幼名を真魚まおと、申され、父ぎみはサエキノアタイタギミといい、母方の伯父はアトノオオタリといって、桓武天皇の第3皇子いよ親王のお付きを勤めたひとで、幼少からこの伯父について儒学を学ばれ、その才能は広く知れ渡っていたと言われています。18歳になられた年に、みやこ(京都)の大学に入学され、本格的に漢文学を学び始められました。ところが、大学の教育には満足できなくて仏門に入られ、四国の山中で数々の難行・苦行を積む生活を始められました。
その後、33歳の時(804)年に留学僧として遣唐船で入唐されました。入唐後は、多くの経文を学ばれ、翌年には青龍寺しょうりゅうじの
恵果阿闍梨あじゃりについて真言密教をきわめられ、真言の秘法・伝法でんぽう阿闍梨の灌頂をお受けになり、大同元(806)年に帰朝されました。帰朝後は、弘仁7年42歳の時に高野山を開く許可をお受けになり、真言宗の布教に努められました。その後、讃岐の満濃池をお築きになられたり、京都の東寺を朝廷から賜ったり、日本で初めての庶民のための学校として
シュゲイシュチインをお開きになったりしました。承和2(835)年3月21日、永遠に衆生を済度なさるという御誓願をお立てになって、高野山奥之院に、御入定されました。
以上、兵庫県南あわじ市阿那賀
高野山真言宗淡路宗務支所
第8教区寺院事務所
発行より。
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