いい人という言葉が
最高の褒め言葉だ!



そう完全に思っていたわたしは

周囲を気にして合わせて
流されていってしまうことばかりだった



いまだにただ自分であることの
コツみたいなものを
少しわかったように感じても

それ全然違ったえーんって
あとで呆然とすることもよくある





それとは逆に

子どもの頃のわたし
そして若い頃の自分は

まるで傲慢の塊だったと思う。



自信のないフリして
実は自信過剰で。

謙遜してるようで
心で馬鹿にして。

それがきっとどんなに隠しても
だいぶ漏れてたんだと思う。



部活で筋トレのとき
気にくわないと背中に乗って踏まれたり

わたしの対応がまずかったと
複数人に取り囲まれて非難されたり



そんなことを繰り返していたら
だんだん自分を出すのが怖くなった。





ひっそりと身を潜めているのが得策と

いつも人のことを気にして
態度がおどおどしていた


どんどん自分に自信がなくなって

高校生までの記憶があまりない




大人になり
職場の先輩には恵まれて

いつも良くしてもらった思い出しかないが

働き始めたばかりの頃は
めまぐるしい職場についていけなくて

不眠症から鬱みたいになり

性格変えろって言われても
できなかったな〜



まわりはね
仕事をしっかりできているようにみえて

何でわたしはできないんだと
拗ねてた

それからもやっぱり
お勤めは続かない

学生時代はそれなりに優等生だったのに
なぜ仕事になるとできないのか

まったくわからなかった




できない自分が悔しかった




だからとりとめのない空想をして

賢いと思い込んだ
自分に酔ってた




真正面から

目の前の仕事に立ち向かっていくことを
格好悪いと思ってたし

一生懸命やってみても
できなかったらそれこそわたしは最低最悪

それを認めるのが
恐怖すぎてできなかった




仕事ができない自分を
みたくないって

心底抵抗していたんだ

わたしはこんなはずじゃないのにって。

ほんとダサい笑い泣き





二十歳前後くらいは死にたい
って本気で思ってた


憧れたのはアラスカで亡くなった
星野道夫さんというカメラマンや

一ノ瀬泰造さんという
戦場カメラマンの方。


この方々と同じように
わたしも全力で生きたいって

ほんとのほんとは思っていた





でもその人たちは
わたしの馬鹿にしてた目の前のことを

夢中でやってきたから
その結果だったんだよね。

わたしみたいに
違うどこかに本当の自分がいて

いまの自分を否定する生き方なんて
絶対してなかった



もっと生きたいのに
生きられなかった人は

悔しかったのかな?

それとも

充分やりきって
満足だったのだろうか。









人生に意味があってもなくても
わたしはいまここで生きている



存在すること

それが答え



わたしはわたし以外に
永遠になれない




こんなわたしのまま
これからも生きていく

知識だけ詰め込んで
知ったかぶりの痛いわたしも

これからも一緒に連れて行く




ハートのトマト♥️

みずみずしく、ある。だけ