ようやく、なにかうっとおしい霧が晴れたかと思います。。

 

序々に、経済活動も動いていくことでしょう。。

 

 

今日は、先日 書いて、すぐ消したブログの訂正版、です。。

 

息子が「人は死んだらどうなるのだ?死というものが怖い」と言いだした。

 

偉いお坊さんの本を読んでみても、実のところ、死んだ人と交信した人はいないので、

 

本当はどうなのかわからない。。と書いてある。。

 

そこで、2年前、脳梗塞 心筋梗塞で、心肺停止になった兄の話だ。。

 

私は呼び出され、ICUの前で、透明のポリ袋に 靴もメガネも腕時計も下着も、

 

ごっちゃになった袋を渡されたが、後から知ったのだが、患者が死ぬと、

 

そうやって渡されるらしい。。

 

 

兄は何日かの後、目を覚ます。。 しゃべれないし、半身不随意だ。。

 

どれくらい経っただろうか?

 

兄がしゃべれるようになって、奇跡的に歩けるようになった頃、死んでた時の事を聞いた。

 

意識がなくなって、次、目が覚めるまで、「時間も意識も意思もなんにもない」

 

のだという。。

 

気がついたら、天井が見えたそうな。。

 

話によると、「三途の川も賽の河原もなくて、閻魔大王も神様もいない」「無」だった。。

 

ということだった。。

 

「あの世とか、涅槃とか、あるのではと思ったが、時間も何もないんじゃあ 無 だ。。」

 

これが、一番、信憑性のある、死後の状況だと思う。。

 

なにしろ、死んだら、二度と生きてる家族や友人と話もできないし、意思を伝えあう

 

こともできない。。二度と会うこともできない。。

 

そう考えると、まったくもって、救いの無い話で、ひたすら虚しい。。

 

 

この話を聞いた息子が「やっぱり死はこわい」 と言う。。

 

ただ、息子が言ったので驚いた。。

 

「兄は、長期間 意識不明だったので、心肺停止した時に、頭の中に走馬灯のように

 

出てきて思ったことを、夢と同じように、忘れてしまったのではないか??」

 

息子のこの一言には、相応の説得力がある。。夢だってすぐ忘れてしまうもの。。

 

臨死体験してから、相当時間たってから目が覚めた、兄が忘れちゃったというのは、

 

かなり有りえる。。。 葉山宏治 訂正だ。。

 

 

いにしえから、ブッダをはじめとする、仏教のスーパースター達が

 

「あの世は存在する」と保証しているので、現段階では、まずは、わからないけど、

 

怖いものではない。。としておこう。。

 

 

ただね、終息しつつある「コロナ」ですけれど、重症の人は「痛くて 苦しい」と言います。

 

時間も意志もあるから、痛くて 苦しいのです。。

 

ですから、みなさん、うかつに死んではいけません。。

 

命ある限り 生きて 生きて 生き抜きましょう。。(なんか渋谷公会堂のラストみたいだな)

 

では、今日はこれまでとします。。

 

                            葉山宏治