手動瞑想を続ける動機づけを上げる方法として、仏教に興味を持ってもらおうと、<お経には、こんなことも書いてあるんですよ>といって、初期仏教のお経(経典)を紹介することがある、ということを以前のブログで書きました(「お経」のススメ)。ところが最近は、精神療法そのものとして、お経を紹介することがよくあります。その中で、使用率ナンバーワンが、以下のお経です。

 

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 ◎「いずれか勝者なる」― 瞋恚 (相応部経典より)

 

 ・・・ありとあらゆる悪罵をあびせかけられた仏陀が、じっと平静を持し、沈黙をつづけて、なにひとつ、応答しようともしなかった。その態度をみて、アスリンダカは、仏陀が返答に窮したものと勘違いしたらしいのである。

 「沙門よ、なんじは敗けたのだ。沙門よ、わたしが勝ったのだ。」

すると、仏陀は、ようやく口を開いて、静かに、彼に向かっていった。その内容を、経典は例によって、偈(≒詩)をもって記しとどめている。

 

 「悪語と雑言をならべたてて、

 愚かなるものは勝てりという。

 されど、まことの勝利は、

 よく堪忍を知る者のものである。

 怒れるものにいかりかえすは、

 悪しきことと知らねばならぬ。

 怒れるものにいかりかえさぬ者は、

 二つの勝利を得るのである。

 他人のいかれるを知りて、

 正念におのれを鎮める者は、

 よくおのれに勝つとともに、また他人に勝てるのである

 

 かく教えられて、彼もまた、仏陀のもとにおいて出家し、やがて、阿羅漢の一人となること得たという。<怒れるものにいかりかえさぬ者は、二つの勝利を得るのである>という一句は、仏陀のしばしば語った得意の教えであったと知られるのである。

 

                    『仏教百話』 増谷文雄 著より

 

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 親兄弟に対する怒り、夫婦間の怒り、友人に対する怒り、上司に対する怒り、世間に対する怒り、自分に対する怒り・・・など、怒りによって多大のエネルギーを消耗するがゆえに、体のあちこちに不調をきたしたり、うつ状態に陥ったりしている患者さんは大勢います。その怒りの存在に気づいてもらい、その対策を一緒に考えていくというのは、精神療法の大きな課題の一つでもあります。<勝つなら、1勝1敗よりも、2戦全勝の方が気持ちいいでしょ。自分が勝ち続けると、相手も変わってくるかもしれませんよ>と伝えることにしています。

 明日からは令和元年。おじいちゃん先生も、2戦全勝を続けられるよう、ヴィパッサナー瞑想に励みたいと思っています。

 

:仏教における三毒、貪・瞋・癡(とん・しん・ち)は人間の諸悪・苦しみの根源とされている。瞋恚(自己中心的な心で、怒ること、腹を立てること)とは、自分の心にかなわないことに対し憎しみ憤る心作用のこと。