令和2年1月○日、Tさんは陰鬱な表情で診察室に入ってきた。彼は、大学在学中に双極性障害を発症したため、就職活動が思うようにいかなかった。文学部を卒業後、数年間はアルバイトをしながら小説を書いていたけれど、思うようにはいかず。人付き合いを嫌い、外とのつながりがツイッターだけになっていた時期もあったが、数年前から、高校時代のクラブの先輩の誘いで、毎週土曜日のバドミントンサークルに参加するようになった。外出機会が徐々に増えてきて、私は<しめしめ・・・>と思っていたのですが・・・。

 

 「良くない。正月明けに、バドのサークルがあった。(ゲーム練習の)内容が悪くて、やってもやっても負けてばかりで、その日は何もできないくらいに異常に疲れた。20年間、何のために費やしたんだろ。みんな何て上手いんだろ。俺はバカなんじゃないか。何をやっても上手くなれない。小説も書けなくなっているし。・・・俺はこれから何をすればいいんだろ。生きている意味なんてあるんだろうか。サークルにはもう行かないつもり・・・」といった嘆きが延々と続いた。

 

 この嘆きを聴いているとき、某テニスコーチの名言が頭に浮かんだ。長くなりますが、皆さんにも紹介します。

 

“比較よりも”-練習の道標 -

みんな頭の中には、比較ばかり。

他人と比べて、

あの人よりも上手くなりたい。あの人には追いつかれたくない。

自分と比べて、

過去の自分に戻りたい。今の自分よりも、もっと上手くならなくては。

そんなことでは悩みは尽きません。ストレスになるだけです。

勝負や比較にこだわってはダメです。

「テニスは、ゲームだから勝負にこだわるのは当たり前だろ!」って言われそうです。

でもね、それが正しければ、みんな負けて終わりですよ。

若い人には勝てない。老化は絶対に避けられない。

「中年からスポーツなんてやらないほうがいい」ってことになってしまう。

そうなった場合の言い訳は、何ですか?

「勝たないと意味がない」「今よりも確実に上手くなる」などと考えていると、そのうち自分が嫌になります。

そんなにトントン拍子に上手くなるものではないから。

すぐに行き止まり(息止まり、生き止まり)です。

何か習い事を、一生懸命やった経験がある人はわかると思います。

それではどうすればいいの?

ものごとを根源から考えていけば良いです。

「そのときの刺激を、そのまま、そっと感じる」ただそれだけ。

勝つ負ける前に、生きているわけだから、「感じる」を優先で正しいはず。

そのときの「その感じ」は、そのときにしか味わうことができない、かけがえのないもの。

これは、「テニスを教える」という仕事が私に教えてくれたことです。

そのときの、その生徒は、そのときにしかいない。

「昨日できていたことが今日できなかったり、昨日できなかったことが今日できたり」ということを、生徒全員(私も)が何度も繰り返すからです。(「変わる」ということは変わらない。

これが普通、常識、当たり前です。

明日その生徒は、どう感じるのか?(=どう動くのか?)

そんなことは、そのときにやってみないと誰にもわからない。

昨日と今日では、感じ方が違う。

感じ方が違うから、動きが変わる。

これを「生きている」といいます。

ミスしたとき、「あれ~、いつもはできるのに、何で今日はできないんだ!」と嘆いている人がいたら、「良かったな。お前は生きてるよ。」と言ってやりたいです。

生きているとは、毎回「新しい自分」が生まれるということです。

そのときの「その感じ=新しい自分」は、かけがえのないもの。

これは、それと同時に、「過去の自分」にこだわってはならないということです。

そのときの自分は、もういないからね。

「相手を打ち負かそう」「自分一人が勝ち残ろう」などと欲の塊になってやるよりも、「今日は、どんな自分が生まれるのかな?」という練習のほうが良い。

そこに興味を持つと、テニスが「飽きることない生涯スポーツ」になるかもしれませんよ。

 

一生懸命努力すれば、上手くなるわけではありません。

「努力しても上手くいかない」ということを、誰もが普段の生活から学んでいるはずです。

大切なのは結果ではないのです。

「結果よりも過程が大切」といいます。

(動きにおいての)その本当の意味は、「結果を考えるよりも過程を正しく考えたほうが、自然と良い結果に結びつく」という意味ではなく、「結果を見るな!かけがえのないものがあることに気づけ!」ということです。

テニスが上手くなるかどうかではなく、そのときの刺激の差異を丁寧に、慎重に、優しく感じることが一番大切です。

そうなったときに、見えてくるものがあります。

考えてもダメですよ。これは、実践でしかわからないことですから。

                                                (窪田テニス教室、窪田コーチのブログより)

 

 私がこの文章に出会ったのは8か月前のことです。とても感動しました。この文章で彼は、テニスに限らない“趣味の極意”を語ると同時に、仏教的な“無常”をも語っています。以来、私のテニス人生の座右の銘になっています。もちろん、窪田コーチのYouTubeの動画には大変お世話になっていて、おじいちゃん先生の悩みの種だった、フォアハンドやバックボレーが大幅に改良されました。感謝!

 

 Tさんには、<私が尊敬する、某テニスコーチが、こんなこと言ってるよ>といって、上記の文章をかいつまんで話をしたところ、その日は黙って聞いていましたが、1か月後にやってきて、「この間よりはいい。1月はバド休んだけれど、2月は2回行った。・・・趣味の世界では楽しめればいいのに、と考え直せた。・・・この間の全豪オープンは観てましたよ。ティエムを勝たせたかったけど、ジョコビッチは強いですね」と笑った。