転院を前にして、患者さんと私の2人で、症例検討会をやっています。私が転院先の医者あてに書いた診療情報提供書を資料として、初診から現在までの経過(7年から27年)をたどってみる作業です。昨年12月に350人分の診療情報提供書を書き始めた時から、転院する直前にこの作業をやろう、と決めていました。そのため、なるべく患者さん自身が語った会話を、そのまま拾って盛り込むようにしました(転院先の医者からは、変な紹介状が来たと思われるかもしれないけれど)。

 一昨日、A子さんとの2人症例検討会では、「手紙みたいな紹介状ですね」と言われて、<そうなんだよ、この診療情報提供書は、相手の医者よりは、あなたにあてた手紙のようなものなんだよ。これを読んで、自分をより客観的に観て、自分の病気の全体像がつかめて、病気がもっと良くなったらいいな、上手くいけば自分を自分で治せれば、と思ってるんだよ。『ラブレターみたいなものですね』と言った患者さんもいたよ。そう言われて、悪い気はしなかったよ>と。A子さんの診療情報提供書を、すこし抜粋してみると

 

診療情報提供書

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・・・これまで8年間の経過を要約すると、未だに、慢性的な日内リズムの混乱、周期的な気分変動、対人場面で過剰な反応をして、うつ状態をきたす、といった症状が錯綜としていて・・・・。平成29年から平成元年にかけての約2年間、幼少の頃より逃避の手段として使ってきた“空想”(アニメの主人公になって、自分を思い通りに物語を展開する)が、1日10時間以上に及ぶこともあり、空想に疲れて、他の日常生活が機能しなくなった時期がありました。空想のせいで、通院や服薬もままならず、治療も停滞。<空想に替る、もっと健全な逃避手段がみつけられないかな?たとえば、読書、絵を描く、手芸、写真・・・>と提案するも、なかなか実現せず。どうしたものかと私も困ってしまいました。・・・当時、「人に会った後は、動悸が酷くて、脳の中に人が侵食してくるような感じがして心細くなる。そのときに、私は対人関係が苦手なんだと思う。心が乱れて自分の意思を保ってられなくなる」と(空想に逃げる)。当時は、服薬の重要性の自覚が足りず、怠薬傾向が見られ、症状が不安定だったと思われます。令和元年6月には、「最近は、空想をバカバカしいと思うようになってる。空想を客観的に見られるようになった。やってる自分がみじめで、恥ずかしくなってきた。・・・」といった、空想の底つき体験のような発言も見られました。・・・令和3年4月、「先生いつ辞めるんですか、私はどうなるんですか」と。<2年後くらいかな?>と。これをきっかけに(と私は思いたい?)、ここ1年間、いろいろな気づきが出てきています。「母と自分が似ていていることがあって、母のこと赦せるようになった。母は、平気でうそをついたり、普通にできないことがいっぱいある。私もそうしないようにやってきたけど、未だできてない・・・」「なんで今まで、○○さん(施設での母親代わり)や、おばあちゃんを憎んでいたんだろう」「仕事もしないで何してんだろう、と思われるのが怖かった。公園で夫婦に声をかけてみた。自分でもどうしたのか怖い。今までは、空想とかタバコに逃げてた。気づかないようにしていたことを、自分が直視したからなのかな」・・・・・・・・

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 令和4年9月には「1週間前からクスリを止めてみました。先生が変わって、同じ薬を飲めなくなったらどうしようと思って。そしたら、死ぬほどお腹が痛くなった。力が入らないし。フラッシュバックが酷くなって、1日中ネガティブな考えで。そしたら、子供の頃に下痢ばかりしていたこと、病気ばかりしていた事(皮膚の病気、帯状疱疹など)を思い出した。でもこの薬飲んでから、そういう病気はなくなったなと。歯肉が下がるのもなくなったし、クスリ飲んだら、目覚めはばっちりです」と。<雨降って地固まるならいいんだけど。もう、怠薬は勘弁してよ。今まで何回やったかな?>と返した。・・・・・・・

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  A子さんの言う通り、手紙みたいな、変な文章ですよね。

 

 診療情報提供書(本人保存用)を渡すとき、<この診療情報提供書を次回までにしっかり読んで来て下さい。医者相手の紹介状だから、専門用語とか、分からないところがあったら、何でも訊いてください。私の見方と違っていると思ったら、「チェック!そこは違う!」といってください。>と言って渡すのですが、「書いてある通りです」「何も言うことはありません」「こんなに詳しく書いていただいてありがとうございます。大変でしたね」「私の芯のことを書いてくれてます」「私がここに来たのは、娘に言われてではなくて、自分で来ました」など、優しい患者さんばかりで、私の苦労をねぎらってはくれますが、反応は今一つで、実際のところやや盛り上がりに欠けています。<私の勇み足で、思い込み過ぎたのかなあ?>と、ちょっとため息が出ちゃうこともあります。

 それともう一つ、<もしも転院先との相性が悪くて、どこか他に、また転院するときには、この診療情報提供書(本人保存用)をコピーして持っていくといいよ。次の病院で、これだけの情報データを集めることはできないだろうし、10年以上の経過を自分で全て話すことは、記憶が曖昧で無理。いったん提出した診療情報提供書(医者あて)を、返してくれ、とは言いにくいだろうから>とも伝えています。

 

 今月に入ってからは、<今日が最後ですね。お元気で>と言ってお別れする患者さんがほとんどです。「寂しいですね。長い間本当にありがとうございました」といって、診察室を出ていく患者さんが多いのですが、おじいちゃん先生は、<寂しいですね>と、感傷的な一言では言えない、複雑な気持ちがあります。それぞれの患者さんに対して、それぞれ違った思いがあり、うまく言葉では表現できないものがたくさんあるんです。