最近はあまり使われなくなった、“ライフサイクル”という用語は、20数年前に流行しました。その火付け役は、精神分析家のE・エリクソンです。アイデンティティ(自己同一性)という用語も有名で、ご存知の方も多いと思います。

 “ライフサイクル”とは、人間の一生を意味していて、人間が生まれてから死ぬまでの一生を全体としてとらえよう、ということです。精神科では、患者さんのライフサイクルを考えて治療を進めていくことは大切なことです。エリクソンの理論は主に、幼児期や青年期のことを詳しく論じているので、おじさん・おばさん、おじいちゃん・おばあちゃんには、あまり役に立ちません(独断と偏見です)。また、その理論には、欧米人の考え方が色濃く反映されていて、日本人にはちょっと馴染めないところがあります。

 私が愛用している、おじさん・おばさん、おじいちゃん・おばあちゃんのための、ライフサイクル理論の一つに、“四住期(しじゅうき)”という考え方があります。ヒンズー教では、理想的な人生のあり方として、人間の一生を以下の四つに分けます(理論というのはちょっと大げさで、東洋の智慧といった方がいいかもしれません)。その四つとは、

 

 ①学生期(がくしょうき)[?~25歳] 

  師のもとでひたすら学び、厳格な禁欲を守らねばならない。

 ②家住期(かじゅうき)[25~50歳] 

  親の選択した異性と結婚して子孫をのこし、職業について生計を営み、

    祖先に対する祭りごとを行う。

 ③林住期(りんじゅうき)[50~75歳] 

  これまで得た財産や家族を捨て、社会的な義務からも解放され、

    人里離れたところ暮らす。

 ④遊行期(ゆぎょうき)[75~?歳]

  この世への一切の執着を捨て、乞食となって巡礼して歩き、

    永遠の自己と同一化する。

 

 現代の日本において、これを実行するのは不可能です。しかしながら、患者さんたちが(私自身も)、自分なりにアレンジして、その理念を拝借することはできると思います。年齢区分は便宜上のもので、人それぞれ違うし、その境界もあいまいでいいんです。「今は、家住期・林住期を同時に生きているんだな」とか、「林住期を楽しみに、今は仕事を頑張るぞ」とか、時には、「林住期から学生期に逆戻りしてやるぞ」など、様々な勝手解釈・勝手利用があっていいと思います。

 私が、「四住期」という言葉を最初に知ったのは、40歳の頃だったと思う。何かの雑誌に、『お金を貯めるために、「家住期」「林住期」にできることは・・・』と書かれていた。その頃はあまり気に留めることもなかったのですが、年を重ねるうちに、だんだんとその理念を強く意識し、自分流の勝手解釈・勝手利用がエスカレートしています。

 この考え方に最も心を動かされるのは、林住期にある、おじさん・おばさん、おじいちゃん・おばあちゃんではないかと思う。50歳あたりを過ぎると、大きな病気をしたり、定年退職を迎えたり、子供が家を巣立って行ったりなど、ライフスタイルに大きな変化があり、人生の峠を越えたことも自覚され、自分の人生を考え直す機会が増えるからではないかと思います。

  *平成19年、五木寛之の『林住期』がベストセラーになっています。

 

 かつて、早期退職するかどうかを迷っている、うちの患者さんに、<インドのヒンズー教の考え方に「四住期」というのがあるんですよ、その内容は・・・>と、お話したことがあります。その方は、早期退職しなかったのですが、後になって、「あの話、とても参考になりました」と言ってくださった。どう参考になったのかは訊かなかったけれど、早期退職するかしないかを決断するうえで、ひとつの指針になったのかもしれません。

 

 このブログの読者の皆さんも、「四住期」という考え方を、頭の片隅に持っていて損はないと思います。どう利用するかは、あなた次第です。お若い方にも、今後の人生設計をする上で、役立つ考え方だと思うのですが。