母と娘は永遠の課題かも知れない
そんな事をぼんやり考えました。

 

私は私が小学一年生の時、母と父は別れ、父に引き取られました。

母は私を可愛がりもしましたが、
他所に女性を作ってあまり帰らなくなった父への当てつけや、はけ口に子供を叩いたり怒りもしました。
そして、よく泣いていました。

それでも子供の時は、私にとって母しか居なくて慕うしかありませんでした。

子供はどんな母も、母のことが大好きを止めることは出来ません。

そして、大人になり理不尽な扱いをされた事で母を責めました。

私は母は聖母マリアさまのように、
自分を犠牲にしてでも、子供を愛し
正しい行いをすることが当たり前のように考えていたのだと、最近気付きました。

多分、大なり小なりそんな風に思い込んでいる人は多いと思います。

その自分の理想から、かけ離れた母に傷つけられた、だからその事を正そうと思いました。
神様のように人に罰を与えることは
出来ないのに。

謝らせたかったし、私の気持ちをわかってほしかった。

でも、それらは私のエゴだと知りました。

だって、人を変えることは出来ない。
人を自分の都合よく思い通りにしようとしてはいけない。
何かをしてあげたからと見返りを求めない。

そうわかっているのに。
母もまた同じなのに、
求めてしまいました。

そして、私の周りの母親たちは
忙しくてご飯の用意や家のことなど
出来なかったりすると
「子供がかわいそう。申し訳ない。」
と口にします。
ある人は泣いて「ごめんね。」と自分を責めます。

自分が作った理想のマリアさまになれなくて。

世の中の家庭の85%は幼児期に何らかの問題を抱えているのだそうです。

だから、普通はこうあるべきものなんてないんです。

なのに子供は親を自分の物のように
間違いを指摘し、正そうとします。
それが、理不尽だと気がつかずに。

母と娘も全然別々の人間なのです。
母親になったからと言って母親らしくを
求めているのは、誰よりも子供と母親だと思います。
そして、結局自分で自分を追い込んでしまっているのです。

ありのままの自分を愛する。

この定義が母と娘になると
変わってしまうのかも知れません。
本当はいつもどこでも変わらないのに。

私は全ては自分で産み出した
勝手な思考なのだと思いました。
私も、母も、娘もそれぞれ別々の個体
それぞれが自分を幸せにする過程に過ぎない。

そんなことを今、すごく感じています。
世の中の誰一人、自分のものではない。
コントロールしてはいけない。

どんな物事も、自分のために起きている。

結局、他人ではなく
自分の問題なんだと
今起きていることは鏡のようなもので
どう乗り越えるかは
自分次第やっぱりそこにたどり着きました。

怒りではなく、愛を持って接する。

これからの私の課題でもありますし、
結局、これが私を救ってくれました。

許すことが出来ると自分が癒される。

母からたくさんの事を学ぶ事が
出来ました。

もしかして、この為にある
存在なのかも知れない

自分を被害者にしない
その勝手な呪縛を手放した時
幸せに大きく一歩近づけるのだろう

母と娘は女性同士で特に
厳しい目で見がちですが
息子もまた幸せについて
学ぶ為の存在なのかも知れない。

誰かに幸せにしてもらうのではなく
自分を幸せにするのは自分だけ
なのだから。







母娘について頭の中を
ずっとグルグルしてます。
母に懺悔と共に感謝を込めて
整理したいので
ここに記します。


全ての人が幸せでありますように!


みんな幸せw