去年2月から






今思えばこの時以前から,彼の事は好きではなかった。
ダイアモンドプリンス号が横浜に停泊、
昨今の留まることのない未知なるウイルスと。
この時はすでに握力もなく、箸も持てず🥢歩行もおかしかった。ドクターは名医。オペしましょうと。
入院前に見たテレビで知ったが、次の日は頚椎前方固定術で記憶がない。覚えているのはオペ室に入る時の麻酔科医のドクターが態度がデカイ事くらい。
そのままオペをして気づいたら,首を切って欲しいと泣きながら暴れた。痛かった。頚椎ヘルニアはもともとストレートネックでなりやすいのもあったが,ブラック企業エステでの過労などの要因がたくさんあった。
彼がいても生活の面倒までは見れず,結局やつの自己満足で家に入って来た。口の旨さと人当たり、頭の良さは大した人だった。一緒懸命病院を探してくれたのはありがたいが、結局はたくさん病院を周り,してはいけない首の牽引,意味のないCTを使った関係のない場所に打ったブロック注射。
最終的には私の親友が,ナースと言う事もあり絶対ここの先生にして!と技師長に相談してたどり着いたのは
現主治医が命の恩人。
2頚椎が潰れ神経を圧迫していたので体も精神的にも限界だった。親友が見つけてくれた主治医に彼は「僕たち結婚を5月にしたいんです」なんて言った。主治医はそれよりも、私を心配しすぐオペにしようと。主治医が凄いのは私の身体の弱さを配慮してくれていて、あの子は危ないかもしれないから自分のiPhoneにデーターを24時間体制で送って、朝1技師にMRIを依頼していた事。朝1他の病院でオペを終わらせてすぐ戻り、絶対医者があまり言わない「ごめんね、また痛い思いさせるけど血腫が出来ているからオペさせて欲しい」最初からリスク説明にあった通りで先生じゃなかったら私は窒息していた。
そのまま、再度オペしたけど痛くはなかった。オペ後の説明も、わかりやすく潰れた頸椎をプレートで支え人口骨の籠をいれてやがて自分の骨になる。血腫は僅かなパーセンテージでなってしまう。たまたま次の日でよかった。結局オペは成功してまだ骨はできていないけど経過は良い。気づけばよかった。結局オペ代払ったのは私だってこと。