前回は11月の終わりに日記を書いた。
その後の日々は今まで生きてきた30云年のさながら縮図でした☆
おじいちゃんが亡くなり、家族が一同に会すると母と姉の確執を
あらためて痛感した。そして、私が手放せずにいるインナーチャイルドが怯えていたのは
母だけでなく姉に対してもであったことを最近確信した。
インナーチャイルドを私自身が見つけてあげて守ることで、自分自身を一番傷つけていたんだ
とわかった。
もう一人にしないよ。長い間さみしかったね。ごめんね。
今ここにいていいよ。居場所はここなんだよ。
わたしは長い間、人から良く思われることで自分の居場所を確保していたのだ。
良く評価されなくては、そこにいてはいけないと。
だから家でもいい奥さんになろうとした。
旦那が煙たがろうが、自分にとってそうする術しか幼い頃から身につけて来なかったから。
8歳の時、叔母から誕生日にもらった真っ白なペルシャ猫のぬいぐるみに
私は「らみぃ」と名づけた。
小学校2年だったが、鏡を英語でミラーだということは知っており、
当時鏡の中の自分には本当の心を開けていたのかもしれない。
らみぃはベッドの傍らに常にいて、寂しかった時、母から叱られた時、
いつでも私の友達だった。泣いた私の涙を全部吸収してくれた晩もあった。
いまでも実家の部屋に「らみぃ」はいる。
今度帰ったら、うちに連れて来なきゃ。
中学・高校・短大と自分を抑えて、他人にあわせる癖が日常となって
自分を疑う余地もなく過ごしてきた私だが、社会人となって失敗を指摘され
はじめて挫折・屈辱感を味わう。褒められることで自分の評価=居場所を確保していた
私にとってはこの上なく耐えがたかった。
それでも少しずつ上へ上へと上昇してゆく過程で、私のことを認め、必要としてくれる人が
あらわれた。
恋に堕ちたが、それは叶わぬ愛でした。
本当は辛かったのに、必要としてくれるから答えなきゃ!と自分を裏切り続けた。
ほんとうは寂しかった。苦しかった。
その人と別れてかれこれ7~8年になるのに、ここにきてようやく本当の気持ちに気づくことが
できた。自分を苦しめてたんだね。辛かったでしょう、ごめんね。
最近も自分の悲しみ・苦しみ・怒りの深さに気づく前に、愛する人を傷つけてしまいました。
自分は苦しみから解放されつつあるけれど、与えてしまった傷の深さのことを考えると
なす術もありません。
それがこれからの私の命題なのかもしれません。
相手を認めるには目を閉じて、心で感じることなのかな・・・
怒りそうになったら、目を閉じて嫌な部分を一瞬忘れてみようかな。
学びはこれからも続いてゆきます。