私たちはいつでも100%を狙おうとするし、100%じゃなきゃダメだという強迫観念みたいなものがあるけど、でも自分ができる範囲で、できる限りのことをすればいいと思うのです。

 

 

 

失敗と思えることだって、人から嫌われるようなことをすることだって、無意味だと思えることだって、自分ができる最大限のことをしているわけだから。

 

 

 

自分ができる最大限のことって、別に汗水垂らして自分を追い込んで寝る間も惜しむほどがむしゃらにすることではなくて、自分ができることを、例えそれが不十分だと思われることだって、自分がその時にできる範囲の中でやることであって、別にあとで後悔する必要も、自分を責める必要もないのだと思うです。

 

 

 

精一杯やったから、自分ができることをやったわけだから。

 

 

 

あとは胸張って「自分が選んだから」と腹をくくるだけでいいと思う。

 

 

 

どっちの道に進むべきかわからない時も、自分が選んだ道が正解なわけで、あとは「これは自分が選んだ道なのだから、自分ができる限りのことをしよう」といい意味で諦めるというか、潔く腹をくくると良いですよね。

 

 

 

その道を選んだ後に嫌なことが起きたとしても、誰を責めるわけでもなく、「自分が選んだ道なのだから」と自分で責任を持ち、あとは自分に自信を持って、自分が選んだ道を信じて突き進むというか。

 

 

 

自分が一番頼りになるのは結局自分なのだから。

 

 

 

もちろん、人様の助けを必要とする時もあるし、人様に感謝する場面もたくさんあるけど、「自分が選んだ道を自己責任で進んでいく」、その覚悟を持つと人間強くなれる気がします。目もシャキッとしてくるしね。

 

 

 

「自分の人生は自分で変えていくんだ」という覚悟、これってめちゃくちゃかっこいいですよね。この覚悟を持つと、人間は誰しもこれまでに自分の目の前にあった鉄の扉をいとも簡単に突き破ってしまうよね。

 

 

 

 

*「人生を変えたい、自分を変えたい、もっと自分らしく生きたい」という方、こちらのワーク(無料)↓はめちゃくちゃです♪

 

 

<経済的な豊かさ編>

https://sanrin1.net/l/c/OPwH095T/7U9L1o7R

 

<人間関係編>

https://sanrin1.net/l/c/Uk1W4pP3/7U9L1o7R

 

 

 

 

 

 

 

たまに空回りしてしまうことだってあるし、失敗だと思うことだって起きるし、人から嫌われることもあるし、誰かとお別れしてしまうこともあるし、思い通りの人生になっていないことに腹が立ったり悲しくなったりめちゃくちゃ悔しくなる時もあるけど、でもそれはそれでいいんだよね。

 

 

 

みんな頑張りすぎなくらい頑張ってるから。

 

 

 

「これやんなきゃ」「仕事しなきゃ」「怠けてたらダメだ」「早く起きなきゃダメだ」「夜更かししちゃダメだ」と結構自分に厳しくしてしまうことがあるかもしれないけど、正解がわからないまま何とか日々を送っているんだから、怠けるんじゃなくて、「休憩」なんだよね。

 

 

 

仕事辞めることって別にそんなに大したことないし、実家に戻ることだって全然いいし、可能であれば仕事をしばらくお休みしたって本来いいわけで。

 

 

 

とりあえずできることから始めればいいし、人生に正解とか完璧なんて求めなくたって本来はいいんだよね。

 

 

 

海外に行くとみんなすごい自由で、のほほ〜んとしてたりします。

 

 

 

仕事ない人も別に劣等感を感じたり焦りを感じているわけでもなく、ただその時間を楽しんでいると言うか、ただ「今」を楽しんでいるんですよね。

 

 

 

仕事を決めてから→家を決めるのではなく、住みたい街に住んでから→その家の近くで仕事を探すみたいな人が結構多いです。

 

 

 

サーフィンが好きだから海の近くの家を借りる→サーフィンをするとう大事な時間に支障をきたさないような仕事を探すみたいな。

 

 

 

「歌が大好きで路上ライブをやってるんだけど、それだけでは食べていけないからとりあえずレストランで仕事してるよ。でも毎日が楽しくてしょうがないんだ。将来の心配?そんなのいましたってしょうがないじゃんっ♪」みたいな。

 

 

 

アメリカに住んでた時も、インドに旅行に行った時も、フィリピンに行った時も、ベトナムに行った時も、みんな結構のほほ〜んと過ごしてたんですよ。

 

 

 

みんな夢があって、その夢を目をキラッキラさせながら語ってたりね。

 

 

 

「私は歌手になるの♪」とか、「ケーキ屋さんやるの♪」とか、「世界一周するの♪」とか。

 

 

 

夢があることが当たり前で、仕事なんて二の次で、人生楽しまなきゃ損でしょ?♪みたいな。

 

 

 

だから海外に行くだけで日本で培ってきた固定観念がバコーンと外れたりします。

 

 

 

でも日本でまたしばらく長くいるとその自由な発想というか自由な生き方を忘れてしまうんですけどね.......。泣

 

 

 

日本にいると、1日フル回転で動いていないとなぜか不安になるし、自分が怠けていることにものすごく罪悪感を感じてしまうんですけど、でも「1日8時間働くのが当たり前」、「フリーターなんて立派な社会人なんて言えない」みたいな固定観念は単なる固定観念であって、それが本来の人間のあり方というわけではないんですよね。

 

 

 

1日だらだら過ごしたっていいし、ボーッと空を眺めててもいいわけだからさ。

 

 

 

仕事が辛かったら辞めたっていいし、今住んでいる街が居心地悪かったら引っ越せばいいわけだから。

 

 

 

「頑張らなきゃダメ」みたいなカッチリした暗黙のルールみたいなものが徐々に薄れて、みんなもっと楽に、自由に、のんびりと、お金の心配とか関係なく、好きな場所で好きに過ごせるような、そんな時代に少しずつ変わっていったらいいなと思う今日この頃なのでした。

 

 

 

 

*自己肯定感を高めるおすすめのワーク↓です♪

 

 

<経済的な豊かさ編>

https://sanrin1.net/l/c/OPwH095T/7U9L1o7R

 

<人間関係編>

https://sanrin1.net/l/c/Uk1W4pP3/7U9L1o7R

 

 

 

 

 

 

 

 

 

感情は、感じ切ることで手離れていくそうです。

 

 

 

だから最近はこれまでの人生の中でために溜め込んできた感情を解放するようにしています。

 

 

 

シャワーを浴びながら「ムカつく〜!!!何なのアイツ???」って声に出して言うこともあるし、過去の辛い出来事に関してはノートに書くようにしています。

 

 

 

今日書いた内容はこんな感じ。

 

 

 

「苦しい、苦しい、苦しい、苦しい、苦しい、苦しい、苦しい、悔しい、悔しい、悔しい、悔しい、悔しい、悔しい、辛い、辛い、辛い、辛い、辛い、切ない、切ない、切ない、、、、、、、」みたいな。汗

 

 

 

もちろん、綺麗な字なんかでは書かずにめちゃくちゃ殴り書きです。

 

 

 

最後の方なんかぐちゃぐちゃになってなんて書いてあるかわからなくなるし、ペンを握る力も強くなってくるんですよね。

 

 

 

我慢できず涙もボロボロ出てくる時もあるし。

 

 

 

でもこうすることで自分の中に閉じ込めていた毒を吐くわけですよ。

 

 

 

誰かにぶつけるわけではなく、ノートとか浴室の中に吐いていくわけですよね。

 

 

 

そうするとすっきりしてくると言うか、ずっと閉じ込めてきた本来の自分みたいなものがちょっとずつ垣間見えるんですよ。

 

 

 

「あれ、今なんか見えた気がする」みたいな。

 

 

 

感情は知らずのうちに自分の中に溜め込んでいる場合があります。多分無意識のうちに。

 

 

 

だから一見大丈夫そうに見えたとしても、本当はすごくたまってるんですよね。

 

 

 

それは全部吐き出した方がいいです。感情は感じきると弱まるし、精神的にも身体的にも健康的になると思うから。

 

 

 

本来の自分に会える確率も高くなるし、なんか自分が解放されるような気もするし。

 

 

 

紙が破れてペンが折れちゃうくらい感情を込めていいんじゃないかな。誰かを傷つけるわけじゃないから。自分の中に押し込んできた感情を外に解放させてあげるわけだから。

 

 

 

途中でぐちゃぐちゃになって紙を思いっきり破りたくなることがあるかもしれないけど、そんな時は思いっきり破っちゃったらいいかも。「ああああああああ〜!!!!!!!!」なんて言いながら。

 

 

 

*自己肯定感を高めるおすすめのワーク↓です♪

 

 

<経済的な豊かさ編>

https://sanrin1.net/l/c/OPwH095T/7U9L1o7R

 

<人間関係編>

https://sanrin1.net/l/c/Uk1W4pP3/7U9L1o7R

 

 

 

 

 

 

 

 

 

誰かが自分を否定したとしても、その否定する内容が正当な内容に思えたとしても、その人がこの世界を牛耳ってるわけじゃないんですよね。

 

 

 

どんなに正当で正しいと思うような理由を並べて自分を否定したり自分にキツイ言葉を投げかけたとしても、その人がこの世の正解を知っているわけではないわけです。

 

 

 

その人が本当に正しいと思ったとしても、そもそも人を故意に傷つけたり、わざわざ否定的な言葉を投げかけるような人間を信用する必要はないわけだから。

 

 

 

否定的なことを言われたり、わざと「あなたのこと嫌ってます」オーラを出されたりしたら、その時はめちゃくちゃ凹むし自分の存在価値が分からなくなってしまうことがあるかもしれないけど、人を侮辱したり人を陥れようとする人間の言葉をそもそも真摯に受け入れる必要がないわけです。

 

 

 

世の中には本当に性格が超絶悪い人たちが残念ながらいて、人を陥れたり人の足を引っ張ることが生きがいになっている人たちがいるわけですよね。もしそういう人に出会ったら、「ご苦労様です」「今日も一所懸命ですね。頑張ってますね♪」って心の中で呟くといいかも。

 

 

 

頭の中で「中継」みたいのをやってみて、「おお!今日はそうきたか〜!なかなかやりますね!!」みたいに自分の中でその人の超絶性格が悪い部分を楽しんじゃう工夫をしてみると最強ですよね。

 

 

 

この領域に来るとそもそもそんな人間のことで頭を悩ませること自体がなくなると思います。

 

 

 

そうなると多分その相手もあなたに意地悪することが恥ずかしくなるでしょうし、もし恥ずかしいと感じずに空気を読まずに、それでもあなたをしつこく傷つけようとするのであれば、それはもう笑うしかないし、その人ちょっと面白いかも。

 

 

 

 

*自己肯定感を高めるおすすめのワーク↓です♪

 

 

<経済的な豊かさ編>

https://sanrin1.net/l/c/OPwH095T/7U9L1o7R

 

<人間関係編>

https://sanrin1.net/l/c/Uk1W4pP3/7U9L1o7R

 

 

 

 

 

 

 

 

一人でいるのって、すごく勇気がいりますよね。

 

 

 

OLさんたちが一つのテーブルを囲んで誰かの愚痴を言っていたり仕事のことを話しているのを見ると、一瞬たじろぐわけです。

 

 

 

「あんな風に喋れてすごいな」って。

 

 

 

憧れる気持ちもありつつ、自分にはそれができない劣等感みたいのが一気に押し寄せてくるわけですよ。

 

 

 

「普通の会話を自然にできないって一体私は何なのだろう」って。

 

 

 

もし自分がその中に入ったら、どこに目をやっていいのかも分からなくなっちゃうし、どうやって会話に入っていいかも分からなくてすごく混乱すると思います。

 

 

 

食事どころじゃなくて、多分味も分からぬままとりあえず食事を喉に通すみたいになるんじゃないかなって。

 

 

 

それがすごくかっこ悪いと感じていたこともあり、昔はそのことでかなり自分を責めていました。

 

 

 

何で「会話」と言う単純なことができないの?それって大人としての基本じゃない?そんなことでいちいち緊張していたらどうやって生きていくって言うの?って。

 

 

 

確かにすごいハンデだと思うんですよね。

 

 

 

でもそれはただ単に「不得意」なだけであって、その裏側にはちゃんと「得意」な面が隠されていることに気付いてきました。

 

 

 

例えば、誰がどんなことを思っていて、どのような気持ちでいて、どんな辛い思いをしているのか、私にはわかることがあります。

 

 

 

それは周りの目を気にしすぎるあまり、人の機微を瞬時に察知する能力が自然についてきたからだと思います。

 

 

 

その人の視線、目の動かし方、声の調子、動作で、何となく「今辛いんだな」「あのことできっと悩んでいるんだろうな」みたいな。

 

 

 

それって多分全員にできるわけではないんですよね。

 

 

 

私には「普通に話せない」と言うハンデがあるけど、一方で人の気持ちが痛いほどわかると言う「プラス」の面があるわけです。

 

 

 

だから多分誰よりも気遣い半端なくできると思っているし、誰が何に困ってるのかって一瞬でわかることがあります。

 

 

 

だから今までは「みんなみたいに普通に会話ができない」と言う負の面しか見てなかったけど、「いやちょっと待てよ。私気遣いすごくない?人の気持ちわかっちゃうのとかすごくない?かっこよくない?」とかって思うようになってきました。

 

 

 

会話ができないハンデがある一方、すかさずフォローを入れたり、さりげなく気遣いしちゃったりするわけだから。

 

 

 

もちろんその気遣いが相手にとって正解不正解かは分からないけど、周りのことが全く見えなくて人を知らぬ間に傷つけると言うことがないわけだから。

 

 

 

もしかしたら私がした気遣いで誰かの傷をちょっとだけでも癒すことがあったのかもしれないし。

 

 

 

だからそう思うと、「ハンデ」だと思っていたことは実は自分の素晴らしい部分を教えてくれるヒントなんじゃないかと思ったりするわけなのです。

 

 

 

これは私だけじゃなくて、みんなもそうだと思います。

 

 

 

「自分のこう言う部分が嫌い」と毛嫌いしていたことがあったかもしれないけど、実はその裏側にはとんでもない「宝」が眠っている可能性があります。と言うか全ての物事に陰陽の法則が働いているわけだから、そこにプラスの面がないわけがないです。

 

 

 

だから、自分が本当に嫌だと思っていたことも、実はそんなに嫌な事ばかりじゃないと思います。

 

 

 

OLさんたちが「キャッキャ」しながら楽しく会話しているのを見ると一瞬たじろぐけど、一匹オオカミも悪くないかも、いや、むしろかっこいいかも、って最近は思うようにしています(無理やりそう思うようにしている時もあるけど)。

 

 

 

*自己肯定感を高めるおすすめのワーク↓です♪

 

 

<経済的な豊かさ編>

https://sanrin1.net/l/c/OPwH095T/7U9L1o7R

 

<人間関係編>

https://sanrin1.net/l/c/Uk1W4pP3/7U9L1o7R