相手の事を思うなら、相手のお願い事にはイエスかノーで答えるべきだ。曖昧な回答では、ただイタズラに時間を浪費するだけである。
どのように転ぼうが行き着く先は肯定か否定のどちらかである。やるかやらないか、それだけの話である。
間違っても、どちらとも取れるような曖昧な回答はしてはいけない。
例
「やってもいいですけど、私では出来ないかもしれないですよ」
こういう発言は避けるべきである。
このような曖昧な回答をするという事はどういう意味になるのか?
「私では決められないので、あなたが勝手に決めてください」 という意味になる。
選択権の放棄というやつだ。
選択権を放棄しているのだから、これ以上話をしても時間の無駄である。結論を求めたところで良い返答は返ってこない。
お願いをした人からすれば、えらい迷惑だ。
お願い事をそのままやらせたとすると無理やりやらせた感じになるし、他の人にやらせたとすると見限った感じになるから、どっちになってもしんどい。
協調性を考えるなら返答は明解にするべきである。
もしどうしてもその場で決められなければ、期限を決めてそれまでにイエスなのかノーなのか、回答すると伝えれば良い。
そうすれば時間を浪費することはない。