こんばんは。はっちです。
ご訪問くださりありがとうございます。
 

 

今日は一日よく働きましたニコニコ
と言っても仕事じゃなくて家事を。
布団乾燥機からの布団クリーナー、毛布やシーツの洗濯、その他色々、汗だくになりながら。

天気もよくて風もあったので、すぐに乾いてくれて助かりました虹

(我が家の洗濯機には乾燥機能はついていないので、太陽光で乾かします晴れ
お蔭で部屋がすっきり片付きましたOK


と、普段やらないことをやると、すぐ自慢気に語りだすのですが、皆さんならきっと本格的な梅雨に入る前の5月か遅くとも6月にはきっと、されていたであろうことを7月になった今頃やっているだけなんです爆  笑

布団乾燥機➡布団クリーナー➡布団圧縮袋収納

いざやろうと思うと力もいるし、「えいっ!」という勢いが必要なので(私だけ?)、忙しさにかまけて&誰にも咎められないのをいいことに、ずっと視界の端に気になりながらも放置していましたタラー

今週末、仲良しの親戚が遠方からやって来るので、朝から必死で掃除&片付けをしていたわけです。定期的に、家に人を招くのもいいですね。笑

 

 

さて、このようにほぼ一日中、誰とも喋らずに家事に勤しんでいたわけですが、頭の中ではもう一人の自分が1秒たりとも休まずに喋り続けていました。

この頭のお喋り=思考 とも言い換えられます。

普段、自分がどんな思考をしているのか意識せずに過ごしていますが、少し注意を向けてみると、いかに無意識に思考を垂れ流しているかと愕然としますびっくり


例えば今日は、カーペットを入念に掃除した後、コロコロで仕上げをしていたのですが、コロコロに貼りついた髪の毛や埃を見て、

「あんなに入念に掃除機をかけたのになぁ」と思いました。

 

その後、

そこからどう思考が展開していったのか分かりませんが、次に気付いた時は、

「吉本のあの人、名前なんだっけ」でした。
スマホで検索しようとして、ハタと意識しました。

 

 

上記、青文字赤文字が自分が意識して捉えた思考です。掃除機から吉本までの間は、時間にして5分程度。その間、黙々と掃除に集中しながら、無意識に思考を垂れ流し続けた結果、入口(青文字)出口(赤文字)はまったく繋がりのないものになっていました。

でもこれ、別に珍しいことでも何でもなくて、

普段、私達はずっと日常でこのような思考の垂れ流しをしているのですよね爆  笑

 

 

人は一日に6万回もの思考をするとは、皆さんも一度は聞かれたことがあると思いますが、それが事実だとして、毎日6万回の思考を意識するのは不可能ですよね。
や、一日でも無理ですが。

つまり、一日に6万回もの思考をしていながら、その殆ど(95%とか99%とか)を無意識に垂れ流しているんです。

上記の青文字赤文字のように。


そして。大事なのはここからなのですが、

人の脳は無意識に放っておくと、ネガティブなことを考えるようになっているそうですびっくり

 

それが脳のしくみなんです。今のところ。


ネガティブと言っても、食事も喉を通らなくなるほどの恐怖とか、夜も眠れないほどの心配ごと とか、そういうことではなくて、例えば何かをしたいと思ったときに、すかさず「無理な理由」を探してくるとか、初めてのことについて「失敗したらどうしよう」とつい考えてしまうとか、そういうことです。


親がわが子を心配して、「気をつけなさいよ」と口うるさく言ってしまう、そんな感じですウインク

 

 

なので、ネガティブだから悪いとかそういうことではなくて、そのネガティブな思考のお蔭で、大きなダメージを受けずに済んでいるとも言えるわけです。

 

すみません、ちょっと話が逸れてしまいましたアセアセ
今日は、脳のしくみについて語りたいわけではなくてですね。

 

 

以前もどこかの記事で書いたかも知れませんが、

思考が現実化する

というこの「思考」というのは、

 

いつも(繰り返し)考えていること

無意識で考えていること

信じて疑わないこと

当たり前だと思っていること

設定・前提・ラベリング

 

そういったものが、現象化します(既にしています)という意味なんですね。

では、その、「いつも考えていること」がネガティブなことで大半を占めていたら?

一日の思考の大半は無意識の垂れ流しで、その無意識はネガティブに偏る性質があるとしたら?

 

 

意図的に願いを叶える というのは、

いかに自分の思考をコントロールするか

なのだと思います。

 

なぜなら

内側が先 外側が後
意識が先 現象化は後

という大前提があるから。

 

 

思考をコントロールすると言うと、なんかマインドコントロールみたいな印象を持たれてしまうかも知れませんが、簡単に言うと「自分が何を考えているか意識する」ということです。

これまで無意識に垂れ流していた思考を、意識にあげる と言いますか。

 

でも、自分の思考をすべて見張るわけにはいきませんよね。

そこで、言われているのが、

「感情」に注目するということなんです。



普段、何かをしている、考えている、ときに
なんか嫌な感じがしてきたら、「今なにを考えていたかな?」と自分の内側を見つめてみてください。

それは、まだ起きていない未来の心配だったり、起きて欲しくないことの空想だったり、過去の嫌な出来事を反芻しているときかも知れません。

それは「快」ではありませんよね?
イヤな感じ、モヤモヤ、イライラ、焦り、怒り、不安・・・大小はともかく、心が「不快」を感じるならば、「快」になるように切り替えてください。

「快」とは、ワクワクとかウキウキとか、そんな弾むようなテンションでなくてもいいんです。(もちろんそれでもいいです)
 

安心
安堵
平和
ほっこり
ゆったり
リラックスクローバー
のんびり
心地いい音譜
ふんわり

幸せドキドキ

おいしい♡

なんでもいいんです。
あなたにとってしっくりくる「快」なら。

 

一足飛びに「快」にもっていけないなら、せめて「不快を取り除く」だけでもいいです。

とは言え、不快な思考に気付いて止めるだけならいいけど、

仕事中だったり、相手のいる場面だったり、状況によってはすぐにその「不快」から逃れられないこともあるかも知れません。

そんなときは、

「これが終わったら〇〇しよう」とか、少し先の未来に「快」を見てください。

 

 

小さなことでいいんですよ。

伸びた爪を切る でも 好きな香りをかぐ でも お笑い見る でも、少しでも心地よくなれることなら何でも。大げさに考えないでくださいねニコニコ


さて、昨日の記事で「快」でいることを意識すると書きました。


今日一日やってみて、いかに「意識」することが難しいか実感しています。笑

それでも、思考もただの「クセ」なので、右利きを左利きに変えるように、毎日実践あるのみだと思っています。

 

 

今日、「快」を意識して過ごしたら、
TVに出ていた女優さんを見て「この人なんて名前だっけ?」と思い、数分後にその人の名前が別番組であらわれた ということがありました。

たったこれだけのことを報告するのに、

こんなにも長いブログになってしまいました爆  笑

 

最後までお読み下さりありがとうございましたベル

 

 

はっち