何となくわかった気がする![]()
自分を赦すことの大切さ、その意味。
私は去年まで、どん底にいました。
物事が上手く行かず、思い通りにならず
人間関係もイヤーだなと思うような出来事にたてつづけに遭遇したり
ストレスを溜め込んで、人に愚痴ったり悪口を言ったり。
すべてを人や外部のせいにしていました。
そうする事で自分の精神的なバランスを必死に保っていました。
ところが、現在起きている出来事や他人の嫌な部分というのは
すべて「鏡の現象」だというではありませんか。
すべて必然であるということ。
特に自分で自分が嫌になる事がとっても多かった。
悪口を言った後、一時はすっきりするのですが
とても嫌な気分になって自己嫌悪に陥る事をくりかえしていました。
自分が悪口を言っているんだし、きっと私も相手に言われているに違いないともわかっているので
それも落ち込んでいく原因のひとつでした。
ところが…
相手に対して嫌だなと思う部分は、すべて自分の中にあるものだというではないですか。
漠然としすぎている表現で、いまひとつ理解できないことでした。
今日理解できたのはその部分。
自分が自分で「やっちゃダメ」とブレーキをかけていることを
他人である相手がすると、そこがどうしても許せなくて「怒り」や「不快」な感情が起きるのですね。
つまり、自分にその事を「やっていいんだよ、人間だからやりたくなるのが当然なんだよ」
って許してあげると
相手の同じ行為も許してあげられるってことですね!
そうすると、当然、相手に頭に来たり、不快に思う頻度も少なくなるって事ですね
たとえば私は、
「私の持ち物を真似してもたれることが大嫌いでした」
これは、私が心のどこかで本当は同じものを買いたいのに
真似するのが嫌だから買わずに我慢していたってことですよね。
でも、我慢せずに買えばいいのですよね。
というか、そもそも真似することがなんでいやなんだろう。
持ち物は人間の価値観を表現する一つの方法であり
こだわりがある分、たやすく真似してほしくないという感情が私にはあるようです。
でもものすご~く物質にこだわっている三次元的な自分がいるのですね。
モノなんて、すべてが自分の意識が作り出した幻なのに…
幻なのであればそんなにこだわる必要がないじゃないか、自分!
でもモノにこだわる自分がここにいる!
そんな自分を許そうよ。
そしたら他人の同じ行為をゆるせるよ!
もちろん、すべての行為を許していいというわけではありませんね。
自分の良心の呵責にしたがえばいいのですね。
文章にするとむずかしくなりますが、実は答えはシンプルなのかもしれません。