俺が学生時代にアメリカの大学病院に研修に行ったときのこと。


小動物内科を回っていたときに大腸に数個の腫瘤ができて排便ができない猫。


その腫瘤の検査を俺と臨床実習で回ってきてた向うの大学生と一緒に担当することになった。


検査の内容は摘出した腫瘤の一部をスライドグラスに塗って染色して顕微鏡にてその病変が腫瘍なのか炎症なのかを調べること(いわゆる「細胞診」)。


俺は当時、病理の研究室に在籍していたので「細胞を診る」というスキルに関してはそれなりに自信があった。


その俺が顕微鏡を見て下した診断は「リンパ腫」


猫の消化管腫瘍では最も頻繁に発生する腫瘍。俺と一緒に検査を担当した向うの大学の学生も同様の意見だった。


ところが小動物内科のボスが下した診断は俺らものとは異なっていた。


「腺癌」


猫の消化管腫瘍ではリンパ腫に比べたら発生頻度はやや少ない腫瘍。そうボスは診断したのだ。


「リンパ腫」と「腺癌」はそれぞれ非上皮性、上皮性の腫瘍なので細胞上の識別ははっきりしている。


リンパ腫が丸い腫瘍細胞が隣に接することなくまばらに多く広がって見えるのに対し、腺癌は腫瘍細胞が隣同士くっついて、その間には管腔(腫瘍細胞に囲まれてるつくられる空隙)が多く見える。


しかし、腺癌でも低分化、いわゆる悪性度が高いものになれば細胞がばらばらになり、本来の細胞構成とは異なるように見えるから厄介である。


そして、この猫の症例ではこの腺癌の低分化なものだったのだ。


ボスには一緒に顕微鏡を見ながら自分の意見を主張したが、結局、翌日に結果の出た組織検査(細胞構成を調べるためのより精密な検査)で「腺癌」と告げられた。


正直、自分は細胞を診るというスキルに関してそれなりに自信があったし、この誤診はそれなりに悔しかった。


でも、この経験はこの経験で自分の頭の中の診断基準のノートに書き足せたし、よかったと思っている。


その後、前よりも真剣に細胞を診たり、病気について勉強するようになったし。今、職場では自分ひとりしか病理診断について詳しい人間がいないが、これを契機に勉強していなかったらきっと今、めげていたんじゃないかなと思ってるから自分の人生の中でも大きな転換点になったと思う。




最近、医者だけでなく獣医師も誤診で訴えられるケースが少なくない。


けど、人や動物の命を救いたくて医者や獣医師になった人間が好きで誤診してるわけじゃないということを知っていてほしい。


獣医師なんて特に見る動物の種類はいっぱいあるんだし、それだけ病気に種類も多いし、まだ解明されていないことも多い。


でもだからといって誤診や勉強していないことが許されるわけじゃないので、俺自身は正しい診断や処置が行えるように常日頃から勉強を怠らずに自分の知識をup dateさせなければならないと思っている。


ベターな診断より、ベストの診断―


そんな診断を提供できるようにがんばりたいと思っている。